第1話「ミミと仲間たち」
洞窟の中で、魔物たちの赤い視線が私に突き刺さる。唸り声を上げ、一斉に駆けてきた。
何故?
魔法を受けても剣で斬り伏せられても構わず、死体を踏み越えてただ一人――私だけを目指して突進してくる。
いつもそうだ。
私は自然と体が強張り、動けなくなる。
魔法の轟音、剣で肉を裂く音とみんなの荒い息遣いに、私は何もできずにただ立ち尽くしていた。
みんなが私を囲むように陣形を組み、魔物の群れを抑えている。
「きゃっ!」
魔法の詠唱中に、アネットさんが魔物に弾かれた。
「アネット!」
「ごめん、抜けたわ!」
狼型の黒い魔物が息を荒げて私の方へ走って来る。
鋭い目つきに牙。
口からは涎が飛び散っている。
狼が前足を踏み込んだ。
前足を宙へ浮かせ、後ろ足で地面を蹴った。
息が止まった。
私の身体がピクリと動いた。
反射的に腕で、自分を庇う。
飛び掛かってくる狼に、横から手が伸びてくる。
「させるか!」
私と狼の間に割って入った腕が噛まれ、血が飛び散る。
短く低い声がして、腕を振る。
振り払われた狼の口には……
べったりと血がついていた。
大きな背中が割って入った。
ソールさんだ。
私は自然と震えが止まっていた。
胸の奥が温かくなってくる。
けれど……
痛そうな腕の傷に、寒くもなった。
早く治しに行きたいのに……
足が動かない。
今行っても、邪魔になるだけかもしれない。
なんで、私は触れないと回復魔法が発動しないのだろう。
他の人は離れていてもできるのに……
手のひらに爪が食い込む。
唸り声を上げ、狼がジリジリと横に歩く。
「ソール! 速く片付けろ! 開いた穴をカバーしきれん!」
早口で喋るロリーさんの焦りが伝わってきた。
「わかってる!」
ソールさんがロリーさんのほうを見た瞬間、狼が飛びかかってきた。
直後、狼が剣で串刺しにされる。
鮮やかな動きに、わざと隙を作っていたように見えた。
剣を持つ右腕から血が垂れている。
私は近づき、傷口に触れた。
魔力を直接流し込む。
痛いのが無くなるように、傷が塞がるように念じながら流すと、傷口が淡い光に包まれていく。
血が止まった。
皮膚が傷を塞いでいく。
少しずつ。
少しずつ、傷が消えていった。
完治したのを見て、私はソールさんの顔を見上げた。
「……っ」
ソールさんの顔が緩み、火照るように赤みを帯びる。
傷跡も残らずに治ると、ソールさんの顔がいつものかっこいい真剣な顔に戻った。
良かった。
ソールさんが微笑んでくれる。
私は胸に手を当てた。
なんだか、ポカポカとした感じ。
触れないと回復できない。
そんなことは、どこかに消えていった。
「ミミ、ありがとう」
左手で頭を撫でられる。
その優しい手つきに、目を細めてしまう。
あまりの気持ちよさに、魔物たちのことなんて頭から離れてしまった。
「ソール、てめぇ!」
ロリーさんの怒声が聞こえる。
器用にこちらを見ながら、抜けようとする狼を斬り伏せていた。
「ソール! ミミちゃんを傷つけたら許さないよ!」
アネットさんの詠唱が終わる。
それでも、お構いなしに狼たちが私目がけて駆けてくる。
「纏めて叩き潰す! グラビティプレッシャー!」
大気が揺れる。
狼たちの動きが止まり、私を避けるように黒い靄が辺りへ広がる。
私の周囲一帯を押しつぶし、重みに耐えられずに狼たちが潰れていく。
その重力はソールさんをも巻き込み、押しつぶそうとする。
私から少し離れて、踏ん張っている。
「ぐおぉぉぉっ!」
ソールさんの叫びが響く。
狼たちが悲鳴を上げて消滅する。
「やば……俺、離れてて良かったぜ」
潰される狼を、ロリーさんが見ている。
ロリーさんを無視して突っ込んできた狼たちが、次々と重力に呑まれて潰れていく。
「やばい、やばい……ぬおぉぉぉっ!」
「ソールさん!」
ソールさんの体が震えていた。
顔を歪ませて苦しそうにしている。
見ているだけの私も、同じように苦しくなる。
皮膚が切れ、血が流れるたびに、私まで痛みを感じる気がした。
「く、来るな!」
ソールさんの足元が割れる。
血が噴き出し、傷を負っているようだった。
全ての狼が潰れたあと重力が元に戻り、ソールさんがほっと一息ついた。
すぐに駆け寄り、再び傷口に触れた。
頭、顔、腕、体、足へと触れた場所から傷が塞がっていく。
「……おぉ。助かる……きもちっ!」
ソールさんの言葉が途切れた。
ロリーさんが睨み、アネットさんがジト目で、二人そろってソールさんの顔を覗き込む。
「はい、終わりました」
笑顔で報告すると、アネットさんが私に抱き着き、あちこちを撫でまわす。
くすぐったくて、笑ってしまった。
そんな私たちを、ソールさんとロリーさんが優しい眼差しで見守る。
いつもの光景に、自然と顔が緩んだ。
全員で落ちている牙を拾い集める。
ロリーさんが牙を拾うたび、気にするようにこちらを見ていた。
いつもロリーさんは、私を気にかけてくれる。
私が視線を合わせると、少しだけ視線をそらす。
たまに遊ぶ、ロリーさんとの視線で行う鬼ごっこ。
胸の奥が温かくなり、楽しくてたまに笑ってしまう。
静まり返ったダンジョン内に私たちが動く音だけが響く。
「ロリー、ちゃんと集めろよ?」
「わぁってるってっ。ちょっとくらい見ても良いだろ?」
アネットさんは私の近くで拾い集め、ソールさんは集めた牙を袋に入れていた。
「よし、今日は終わりにして帰るか」
「……だな」
「ミミちゃん、疲れてない? 大丈夫?」
「はい。私は大丈夫ですよ」
みんなで集まり、ダンジョンを引き返していく。
銀髪のソールさんは、大きな背中を見せて前を歩いている。
視線を横にずらすと、ロリーさんの金髪が揺れている。
私を見ていたロリーさんの視線が離れていく。それがおかしくて、笑ってしまう。
私はアネットさんに抱っこされて、甘い香りがダンジョン内の臭みを消してくれるようだった。
でも……
一人で歩けるのに、恥ずかしくて頬が熱くなる。
「あの、アネットさん……」
「どうしたの? ミミちゃん」
アネットさんの綺麗な茶色い髪が揺れていた。
透き通るような声は好きで。
深い黒曜石の瞳に、私が映っている。
「えっと……いつも、重くありませんか?」
「えぇ、ミミちゃんは軽いから大丈夫よ?」
「……ふへへ」
「おい、ロリー。前を見て歩け」
ソールさんが歩きながら振り向き、ロリーさんに注意する。
私はハッと気づいた。
咄嗟に声を上げる。
「ソールさん、危ない!」
「ぐっ……」
ソールさんがこちらを向いた隙に、出っ張っていた足元につまずく。
「お前こそ前を見たほうがいいんじゃねぇか?」
笑い声がダンジョン内に響き渡る。
いつまでもこんな時間が続きますようにと、私は心の中で願った。
でも、ふと思う。
私は守られているだけで良いのかな……
胸に手を当てて目を瞑る。
ソールさんとロリーさんの話し声。
アネットさんの温もりに包まれていると、今だけは……
このままでも。




