第17話「ミミは不意打ちされる」
教えられた通りに歩き続ける。
何度も、ぬいぐるみを落とすたびに注意された。
「歩幅を小さく」
「はい」
「膝を伸ばしきらない」
「はい」
「地面を蹴るときはそっと離す」
「はい」
「足を高く上げ過ぎない」
「はい」
「背中を曲げると怪しいわよ」
「はい」
怪しい?
それにしても、歩き方一つでこんなに疲れるなんて……
辺りがすっかり暗くなると、狼の遠吠えが聞こえた。
体が強張った。
「もう、こんな時間ね」
私は冷たく黒い靄に包まれた。
「帰るよ」
ぬいぐるみを抱き、私は言われた通りの歩き方でお姉さんたちについていった。
お姉さんもフーラさんも歩く速度を落としてくれる。
それが妙に嬉しくて、心が温かくなるのを感じ、微笑みながら歩き続けた。
私たちが町に入ると、お姉さんが消えてしまった。
フーラさんと一緒に探したけど見つからないので、家へと向かった。
家の前に、にゃー師匠が小さく座って待っていた。
「ミミ、遅かったにゃ……」
「ああ、お前がどこかに行ったから、変な女に修行をつけてもらうことになったんだ」
「女って後ろのかにゃ?」
「え?」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
「にゃー師匠、誰もいませんよ?」
もしかして、お姉さんは姿を消しているだけ?
にゃー師匠の視線が動いていく。
私はその先へそっと近づき、狙いを定めて飛びついた。
予想した場所には誰もいなく、体が空を切る。
「ミミ、そこじゃないにゃ」
宙に浮いた体が重力に引かれて落ちていく。
私は手を突き出し、着地しようとした。
けれど、地面に落ちる前にお腹を支えられ、足から下ろされた。
「あ、ありがとうございます」
「たまに、突拍子もないことをするね」
お姉さんが姿を現し、にゃー師匠を見据えた。
「なんでわかった?」
「にゃーは天才だからにゃー」
「はぁ、これだから馬鹿猫は嫌だったんだ……」
お姉さんは首を振っている。
「何にゃと!?」
にゃー師匠が飛び跳ねた。
「有名人ってことだ」
にゃー師匠が私たちに視線を向け、「本当に?」と聞いている気がした。
私は首を傾げたけれど、フーラさんは大きく頷いていた。
「それなら良いにゃ」
「それはそうと、お前はあれからどうなったんだ?」
「ミャーが大きな声に足を滑らせて屋根から落ちたにゃ。
交渉した結果、次の給料をもらえることになったにゃ」
にゃー師匠はまだ修行をつけてくれるのかな?
漠然とした不安に、胸を押さえた。
「ミミの修行はどうするんだよ」
私は静かに頷き、息を呑みこみながら返答を待った。
「ツムギが帰って来るまで、お世話になるにゃ」
心が晴れ渡り、笑顔でにゃー師匠へ深々とお辞儀をする。
「これからも、よろしくお願いします!」
家の中へ入り、居間に布団を三つ敷くと、その一つが膨らんだ。
見えないけれど、きっとお姉さんだ。
なんだか嬉しくなり、笑みを向けると自室へと向かう。
そして、今日あったことをみんなのぬいぐるみに報告すると、抱きつきながら静かに目を閉じた。
目覚めると、手早く支度を済ませて居間へと向かった。
扉に手をかけたとき、後ろから手が回された。
え……
顔が引きつる。
「いやーっ!」
「うにゃっ!」
この声って……
私の声に驚いたのか、手が離された。
「びっくりしたにゃ……ごめんにゃ」
振り返ると、にゃー師匠が立っていた。
「にゃー師匠、どうしたのですか? 突然ビックリしましたよ」
「にゃーも音を立てずに歩けることを、見せたかったにゃ」
「ミミ、すまない。コイツができるってことを見せるってきかなくて……」
背後から現れた声に、体が跳ねた。
お姉さんが姿を現し、頭を下げている。
「だから、止めろって言ったんだ」
扉を開けてフーラさんが顔を覗かせた。
「足音が聞こえなかったのですけど、どうやったのですか?」
ぺたんと猫耳を倒しているにゃー師匠に聞いてみた。
「まずは四足歩行になるにゃ」
「はい」
四つん這いになるにゃー師匠を真似る。
「そしたら、こうやってつま先立ちで歩くにゃ」
「はい」
歩いてみても、にゃー師匠と同じように自然な歩きにはならなかった。
「地面を蹴らずに、地面から足を離すにゃ」
「はい」
指先とつま先で体を支え、そのままぎこちなくゆっくりと足を離すように上げて歩く。
「その方法、人には向いていないと思う。
あと気持ち悪い生物みたいだぞ」
え?
お姉さんが四足歩行をしている、にゃー師匠と私を見下ろしていた。
「気持ち悪いとは何にゃ!?」
お姉さんの指先が私に向けられた。
にゃー師匠とフーラさんが、私に視線を向ける。
「がに股にゃ」
「普通に膝とか腰を痛めそうだな」
私はその恰好を止めて、ぺたんと地面へ座った。
急に恥ずかしくなり、顔が熱くなってくる。
「つま先立ちというよりは、かかとを浮かせる感じだな」
「は、はい」
手で顔を仰ぎながら立ち上がると、言われた通りに歩いてみる。
「あぁ。そんな感じだ。
地面を蹴るより、足を離すというのは良いと思う」
「出来てきたなら、適当な男を捕まえにいくにゃー」
えっと……?
「それは良いかもな」
あれ、どういうこと?
私がおかしいのかな?
「いや、何でだよ!?」
フーラさんの言葉に、私がおかしくないんだと思い、体が軽くなった。
「お前も……捕まる役にゃー!」
「お、おい! やめろ!」
にゃー師匠があっという間にフーラさんを捕まえてしまった。




