第15話「にゃー師匠はとどめを渡さない」
にゃー師匠に連れられ、私たちは森の中へと足を踏み入れた。
「あれが、今日の相手をしてくれるゴブリンにゃ」
ゴブリンはうろうろと何かを探しているように、辺りを見回している。
「おーい、にゃー!」
ゴブリンが振り向いた。
そのとき、地面が揺れた。
「お、おい。これって……」
振動がどんどん大きくなっていく。
木をなぎ倒し、ゴブリン目がけて大きな塊が突っ込む。
ゴブリンが吹き飛ばされ、そこには大きな猪の魔物が鼻息荒く首を振っていた。
「今日のゴブリンがやられたにゃ……」
にゃー師匠が肩を落とす。
「おい、そんなのはどうでも良いだろ!?」
その声に反応して、赤い瞳がこちらをにらんだ。
猪が私を見据えた。
鋭い目つきに体が強張る。
足が震えて一歩下がった。
「ミミ、目をそらすにゃ!」
にゃー師匠の言葉に、はっと我に返る。
そうだ、相手をよく見ないと……
「おい、もうやっちまうぞ?」
「待つにゃ!」
詠唱しようとしたフーラさんを、にゃー師匠が止めた。
猪は体ごとこちらに向き直った。
足で地面をかいている。
緊張感に息を呑む。
猪が雄たけびを上げ、私目がけて真っすぐに走ってきた。
邪魔な木をなぎ倒しながら勢いを増してくる。
にゃー師匠が私を抱いて、横へ飛んだ。
風圧に顔を押された。
「よく見たかにゃ?」
「は、はい!」
「よし、常に横から攻撃してみるにゃ!」
にゃー師匠も言っていたし、きっと横からの攻撃に弱いんだ。
「はい!」
地面へ降ろされると、私はすぐに駆け出した。
「おい、大丈夫なのか!?」
「わからないにゃ」
追いかけていると、猪が反転した。
私はすぐに視界の外へ出るように横へ走る。
追うように猪も向きを変える。
私は斜めに少しずつ近づき、隙を見て一息に飛び込んだ。
「死ねにゃぁぁっ!」
勢いそのままに、体ごとメイスを振り上げた。
ドスッという音に確かな手ごたえを感じた。
猪の横腹にメイスがめり込む。
けれど、完全に振りぬくことができなかった。
猪の唸り声とともに、私は宙へと弾き飛ばされた。
赤く鋭い瞳が私を捉えた。
逃げられないなら。
体勢を整え、宙でメイスを構えた。
地面に落ちていく私に、猪が突っ込んでくる。
そのまま猪の鼻にメイスを振るった。
猪が悲鳴を上げた。
けれど……
次の瞬間、私は回転して宙を舞っていた。
「うぁっ!」
右腕に鋭い痛みが走った。
その痛みに歯を食いしばり、動かない右腕へと左手を当てた。
柔らかな光に包まれ痛みが和らぐ。
回転が止まり、フーラさんに抱っこされていた。
「全く、ヒヤヒヤするな……」
浮遊魔法……なのかな?
空中にふわふわと浮いている。
「あの、ありがとうございます」
フーラさんは優しく微笑んでくれた。
「死ねにゃー!」
地上では、にゃー師匠が猪の傷ついた鼻を殴った。
猪はそのまま横へと倒れる。
「あいつ、絶対とどめを刺そうとするな……」
鼻が弱点だったのかな?
フーラさんと私は、倒れている猪の傍へと降り立つ。
「お前、ミミに倒させるつもりじゃなかったのかよ……」
「そんなことは誰も言ってないにゃ」
「あ、あの……どうでしたか?」
私は目を伏せがちに、にゃー師匠の様子を窺った。
「よくやったにゃ! あと、自分で考えて動いたのは偉いにゃ」
にゃー師匠の手が、優しく頭を撫でてくれる。
心がほっこりしたけれど、本当にあれで良かったのかな?
メイスを振り切れず、弾き飛び……
さらにはメイスで突っ込んでくる猪へメイスを振るったけれど。
何とか猪を避けて……
ううん、そもそも一撃で倒そうとせずに時間をかけてやるべきだったのかな?
でも、今でも息が上がっているし。
「今日のご飯はお肉にゃ!」
「お前、肉が食べたかっただけじゃないだろうな!?」
「そ、そそ、そんなことはないにゃ」
にゃー師匠が鉤爪で器用に解体して、食べられる部位を取り出すと、ひとまとめにして担いだ。
骨や皮はフーラさんが魔法で浮かせている。
そんな二人に、私はついていく。
もっと、アレくらいで弾かれないようにしないと……
メイスを見ると、先端から猪の血が消えていた。
「あれ?」
「どうしたにゃ?」
「何かあったか?」
「い、いぇ。なんでもないです」
気のせいだよね……
「これは売ってくるぞ?」
「頼むにゃー」
フーラさんはギルドへ皮と骨を売りに、にゃー師匠はお肉に香草や調味料をすり込んでいた。
「あの、にゃー師匠はなにを?」
「味付けにゃ。あと、人間も食べられるように臭みをとってるにゃ」
これって、全部食べるのかな?
「本当はミルクに少しつけておくと、臭みが無くなるらしいけどにゃー。無いから仕方ないにゃ」
「にゃー師匠は料理が得意なのですか?」
「さっぱりにゃ。ツムギからの受け売りにゃ」
ツムギさんって、みんなと一緒に行った人かな?
みんなのことは任せてって言ってくれた……
そのとき、パチパチと火が弾け、焼けたお肉の香りが漂ってきた。
お肉から脂が溶け出し、良い匂いがお腹を刺激する。
「美味しそうにゃ……でもしっかり焼くにゃ」
切られて焼かれたお肉は、カリカリに焼けていた。
「ほら、遠慮しないで食べろにゃ」
小さく切ったお肉が口に入れられた。
カリカリとしたお肉を噛むと、甘い油が口に広がる。
「んん~っ」
頬が落ちないように手で抑えると、自然と顔が緩んだ。
「お、美味そうだな」
フーラさんが換金を終えて戻ってきたみたい。
「食べろにゃ」
にゃー師匠がフーラさんの口へ、小さく切ったお肉を放り入れた。
フーラさんの顔が綻んでいく。その幸せな表情を見て、にゃー師匠が静かに頷いた。
「よし、毒味は終わったし、にゃーも食べるにゃー」
「おおい!」
フーラさんが拳を上げて飛び跳ねた。
にゃー師匠は気にすることもなく、お肉を口いっぱいに詰め込んだ。
「ああ、ギルドに行ったときに話しているのを聞いたんだが、お前……ミミを強くする依頼だったのか?」
「そうにゃ」
「それ、受けたことになってないみたいだぞ?」
「にゃに!?」




