お見舞いとは戦場である1
朝起きた瞬間、俺は悟った。
終わりだ。喉が焼き尽くされた鉄屑みたいだ。鼻が詰まって口呼吸を強要されている。関節には錆が吹き、熱は三八度を超えているんじゃないか。
なんとか体温計を探そうとしたが見つからない。探す気力もない。
そして親父は出張中で母は仕事。つまり今の俺は独りだ。
世界よ、滅んでくれ。
いや、世界が滅びる前に俺が滅びる。喉が痛すぎて水を飲むのも苦行だ。布団の中で丸くなり、天井のシミを睨みつけながら、人生の無常を噛み締めた。
すると目の前に置いてあったスマホが鳴った。どうやら瑞樹がメッセージアプリを使って文芸部のグループに連絡を送ったようだ。
深沢瑞樹:坂本くん今日休み?
深沢瑞樹:坂本くん?
深沢瑞樹:坂本くん生きてる?
深沢瑞樹生きてたら「生きてる」って送って。
深沢瑞樹:生きてなかったら「生きてない」って送って。
深沢瑞樹:送れないか。
返信する気力がない。だが、送らないと瑞樹が警察に通報しそうだ。そう思った俺は指を動かす。
坂本将吾:生きてる。風邪。死にかけてる。世界よ滅びてくれ。
送信すると三秒で返信が来た。
深沢瑞樹:大丈夫!? 私行く!
坂本将吾:来るな。感染する。
深沢瑞樹:感染してもいいよ!
坂本将吾:良くない。
深沢瑞樹:良くない?
坂本将吾:良くない。お前はハイスペックだから風邪なんか引かないでほしい。
深沢瑞樹:優しい! やっぱり行く!
坂本将吾:優しくない。行くな。
もう遅い。瑞樹のターンは止まらない。それは俺が一番よく知っている。
十秒後、さらに別の通知が入った。
柏木美波:坂本将吾、あなたが休んだことでHRが静かになったわ。柏木家の株には影響ないけど。
柏木美波:で、風邪? 体温何度?
坂本将吾:測ってない。測る気力がない。
柏木美波:気力がないなら気力を測る前に体温を測りなさい。
柏木美波:あと深沢さん、行くって何よ。どこに。
深沢瑞樹:坂本くんのお見舞い!
柏木美波:は? はぁ?
柏木美波:私も行くわよ。
坂本将吾:2人とも絶対にくるな
柏木美波:黙りなさい病人に発言権はないの。
深沢瑞樹:じゃあ放課後ね! 美波ちゃんも!
柏木美波:行くわよ。行かないわけないでしょ。
坂本将吾:俺に拒否権ないのか?
柏木美波:ないわよ。あなたが風邪を引いた時点で、あなたの身体の管理権は文芸部に移譲されたの。
坂本将吾:そんな法律ない。
柏木美波:文芸部則第六条。
坂本将吾:そんな条文ない。
柏木美波:今作ったの。
スマホを枕の横に置いた。天井がぼやけて見える。
熱で視界が歪んでいるのか、それとも涙が出ているのか。いや、風邪で涙が出ることもある。感情的な問題ではない。
放課後、来るらしい。二人とも。俺は布団を頭まで被った。
世界よ、滅んでくれ。今すぐ。頼む。




