ep.19 軒下の来訪者
花見をした木の花が散り始めた頃、巡回日報へ鳥のことが書かれるようになった。
最初の記録は短かった。
正門棟上部に鳥の接近を確認。追い払った。
警備に異常はないらしい。
翌日も、同じ場所に鳥が現れた。
正門棟上部に同一個体と思われる鳥が再来。小枝を一本運び込んだため、巣材を撤去。
三日目には、小枝が二本に増えた。
四日目には枯れ草も加わった。
追い払われても、運んでくる巣材は少しずつ増えていた。
「巣を作ろうとしているのでしょうか」
朝の日報を読み終えたエルナが、窓の外を見た。
「そのようですね」
ガレスは報告書へ確認印を押した。
「正門棟への営巣は認められません。引き続き撤去してください」
鳥に規則を説明できれば、話は早かった。
だが、鳥は日報を読まない。
その日の午後、エルナは俺を抱えて正門へ向かった。
正門棟は、北方支部へ出入りする者を見張るための建物だ。上部には屋根があり、雨風を避けられる梁が並んでいる。
鳥が巣を作りたくなる気持ちは分からなくもない。
問題は、梁のすぐ裏側に魔導パイプが通っていることだった。
正門の開閉装置や警報装置へ魔力を送るためのもので、定期的な点検が必要になる。枝や枯れ草が絡めば点検口を塞ぎ、羽毛や糞が溜まれば整備の手間も増える。
正門を開閉する際には、一部のパイプが熱を持つ。
乾いた巣材が触れ続けるのは危険だった。
俺たちが着いた時、門番が長い棒を持って正門棟を見上げていた。
梁の端には、枯れ草が数本引っかかっている。
少し離れた屋根の上で、小さな鳥がこちらを見ていた。
腹は白く、背と翼は青みがかった黒色をしている。尾の先が二つに分かれ、風に合わせて細かく動いていた。
門番が棒を伸ばし、梁に載った巣材を落とした。
正門脇の受付から、箒とちり取りを持った受付係が出てくる。
「今朝から五度目ですよ」
「報告では三度となっていましたが」
「追い払ったのが三度で、片づけたのが五度です」
息をつきながら受付係は足元の枯れ草を集めた。
鳥が屋根から飛び立つ。
門番がその行方を追って顔を上げた。
白いものが兜へ落ちた。
エルナは口元へ手を添え、足元の石畳を見つめた。
受付係は一度受付の奥へ顔を向け、何事もなかったような表情に戻ってから、窓口越しに濡れ布巾を差し出した。
「これも、回数に入れますか」
「入れなくて結構です」
門番は布巾で兜を拭いた。
鳥は近くの木へ移り、すでに次の枯れ草をくわえていた。
追い払う側より、巣を作る側の方が諦めていなかった。
少し離れた場所で木箱を運んでいたカイルが足を止め、鳥を見上げた。
「あれは雪割ツバメですね」
「雪割ツバメですか」
「雪が緩む頃に戻ってくるので、そう呼ばれています」
雪割ツバメは、高くて雨の当たりにくい場所を好むらしい。前が開けていて、周囲を見渡せる場所ならなおよい。
一度営巣場所を決めると、巣材を取り除かれても簡単には諦めない。
エルナは俺の春季の頁を開いた。
春季の注意事項が記された頁に、前任支部長の文字が残っていた。
『毎年、旧資材庫の軒下に巣を作る鳥がいる。
繁殖期は、付近で大きな音を立てないこと』
「旧資材庫は、雪解け後に解体されましたね」
「冬の積雪で屋根が崩れかけていましたから。鳥の巣までは意識していませんでしたね」
整備係が答えた。
建物自体の老朽化も進んでいたため、雪が消えるのを待って撤去したばかりだった。
雪割ツバメが戻ってきた時には、毎年使っていた軒下はもうなくなっていたらしい。
正門棟の内側では、整備係が点検口を開けていた。
まだ巣は完成していないが、細い枯れ草が魔導パイプの隙間へ入り込んでいる。整備係は先の曲がった器具で一本ずつ取り除いた。
「巣を作られてからでは、点検口を開けられなくなります」
枝がパイプの間へ落ちても厄介だという。
毎日撤去を続ければ、正門棟の安全は守れる。
ただし、雪割ツバメはそのたびに巣材を運び直すことになる。
いつもの場所を失ったことも、正門棟が危険なことも、鳥には分からない。
開かれた春季の頁に、新しい文字が浮かんだ。
『追い払うのではなく、安全な場所へ誘導できないでしょうか。』
エルナがその一文を読み上げた。
カイルは俺の頁をのぞき込み、正門棟と周囲の建物を見回した。
「それなら、巣台を作りましょう」
「巣台ですか」
「巣を作るための台です。条件のいい場所に用意すれば、そちらを使うかもしれません」
正門棟は、雪割ツバメにとって条件が良すぎた。
屋根がある。
高さもある。
前方には広い道が伸びている。
人の出入りが多いため、巣を狙う小動物も近づきにくい。
魔導パイプのことを除けば、確かに悪くない場所だった。
「同じような条件の場所を作ればよいのですね」
「はい。魔導設備から離れた所がいいと思います」
一同は周囲を見回した。
「物見塔はどうでしょう」
エルナが言った。
カイルは塔を見上げた。
「高さは十分ですが、見張りの出入りがあります。巣が大きくなれば、視界へ入るかもしれません」
「発着場の掲示板の裏はどうでしょう」
受付係が候補を出した。
「竜が降りるたびに逃げますよ」
カイルはすぐに答えた。
前任支部長の記録にも、繁殖期は大きな音を避けるよう書かれている。
竜の発着場は候補から外れた。
カイルは正門脇の倉庫へ目を向けた。
倉庫の壁面には広いひさしがある。高さは正門棟より少し低いが、雨は当たりにくい。前方も開けており、人の出入りも多くない。
魔導設備も通っていなかった。
「あのひさしの下なら、条件は近いと思います」
「実家でも、巣台を使っていたのですか」
「納屋の壁に板を取りつけていました。少しくぼみをつけておけば、巣材も落ちにくくなります」
カイルは木の上の雪割ツバメを見た。
「あの鳥が戻ってくると、冬が終わったと言われていました。屋根の修理を始めるのも、それからでした」
花見をした木から、一枚の花びらが落ちた。
雪割ツバメはそれには目もくれず、くわえていた枯れ草を落とさないように首を動かしている。
エルナはうなずいた。
「作れますか」
「板があれば、今日中に」
こういう問題が起きた時、カイルはいつもより頼もしく見える。
その日のうちに、倉庫脇へ巣台が取りつけられた。
丈夫な板を壁から張り出させ、端には低い縁をつけた。上にはひさしがあり、魔導設備からも十分に離れている。
カイルは雪割ツバメが正門棟へ運んでいた枯れ草を数本拾い、巣台の上へ置いた。
「これで分かってくれるといいんですが」
雪割ツバメは近くの木に止まり、作業の様子を見ていた。
巣台が完成しても、すぐに近づこうとはしなかった。
門番は長い棒を片づけ、受付係は最後の枯れ草をちり取りへ集めた。
整備係は魔導パイプの点検を再開した。
エルナも俺を執務室へ持ち帰った。
俺はもう何も書けなかった。
あとは、鳥が決めることだった。
翌朝、中庭の木には、花より若葉の方が多くなっていた。
エルナが開いた日報によれば、正門棟の梁にも、倉庫脇の巣台にも変化はなかった。
その日の日報には、前日より少し詳しい記録が残されていた。
正門棟上部に雪割ツバメの接近を確認。追い払いを実施。
落下物による被害あり。負傷者なし。兜一個を洗浄。
巣台の利用は確認できず。
ガレスは一通り目を通し、いつもどおり確認印を押した。
二日目には、木の下に残っていた花びらが雨で流れた。
正門棟への接近二度。巣材の搬入なし。巣台の利用は確認できず。
三日目。
正門棟への接近なし。巣台上の枯れ草が移動している。
「風ではないでしょうか」
エルナが言った。
「可能性はあります」
ガレスは日報へ印を押した。
四日目。
雪割ツバメが巣台へ小枝を運ぶ様子を確認。
「使ってくれたようです」
「そのようですね」
ガレスは確認印を押した。
それから、巡回日報には毎日、巣台の様子が書かれるようになった。
巣材の搬入を確認。正門棟への接近なし。
小枝と枯れ草が増加。警備への影響なし。
巣の形を確認。異常なし。
報告は日を追うごとに詳しくなった。
巣の深さは前日より増している。
雪割ツバメは午前中に七度、午後に五度巣材を運搬した。
夕方には巣の中へ入り、しばらく動かなかった。
ガレスはある日、日報を読み終えてから言った。
「巡回日報は、鳥類観察記録ではありません」
翌日から、巣材を運んだ回数は書かれなくなった。
ただし、巣の様子についての一行は残った。
正門棟へ戻っていないことを確認するためには、必要な報告だった。
少なくとも、そういうことになっていた。
巣台を設置してから十日目。
エルナは俺を開いたまま、正門へ連れていった。
花見をした木は、すっかり若葉に覆われていた。
風が吹くと柔らかな葉が音を立て、その上を雪割ツバメが飛んでいく。
鳥は正門棟の前を横切り、倉庫脇の巣台へ降りた。
正門棟の魔導パイプには、一本の枯れ草も絡んでいない。
巣台には、丸い巣が完成していた。
その下には、小さな張り紙が掲げられていた。
頭上からの落下物に注意。
文字の下には、飛んでいる鳥と、その後ろから白いものが落ちる絵が描かれていた。
受付係が来訪者のために作ったものらしい。
その日の巡回日報にも、いつもの一行が記されていた。
雪割ツバメ、巣台を継続して利用。異常なし。
ガレスは確認印を押した。
翌日も、その翌日も、同じ報告は続いた。
いつしか、その一行があることを誰も不思議に思わなくなった。
こうして、北方支部に新たな仲間が加わった。




