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ep.12 道は一度には開かない

 地図の上では、北西街道から分かれる一本の細い線だった。


 二番標から海側へ下り、その先にラメール村と書かれている。


 エルナは地図から目を離し、机の上に置かれた三通の書類を見た。


 一通目は、道路整備隊からの報告書。


『三番標付近およびハルザ村方面は、仮道を閉鎖し、本道への復旧を完了。ラメール村枝道は除雪を完了したが、日陰区間の路面確認を継続中。』


「ハルザ村方面は、もう問題ないのですね」


「はい。三番標付近も含め、すでに本道へ戻しています」


 ガレスが答えた。


「では、残っているのは二番標から先ですか」


「ラメール村への枝道です。冬季は完全に閉鎖されていました」


 二通目は、竜種運送組合から届いた確認書だった。


『ラメール村発、北部配送基地行き陸竜便について、春季経路の通行試験を予定どおり実施する。』


 三通目には、ラメール村の印が押されている。


『北方支部向け馬車便の再開時期について、確認を願いたい。雪狼便は、書簡および軽量物に限り試験運行可能。』


 春季準備予定表には、次の項目が開かれていた。


 ラメール村枝道の再開確認。


「竜運との打合せは、済んでいるのですね」


「はい。本日の試験時刻、積載量、確認区間は、道路整備隊、ラメール村、竜運の三者で調整済みです」


「陸竜便が再開すれば、ラメール村から配送基地までの輸送が早くなります」


 道路整備隊長が地図の上を指でなぞった。


「冬の間は、海竜便で配送基地まで運んでいました。枝道が使えるようになれば、陸竜便も使えます」


「北方支部への馬車便も、竜運が手配するのですか」


「いいえ。竜運の荷は、必ず配送基地を経由します。受取先へ直接運ぶことはありません」


「では、支部へ直接送りたい場合は?」


「送り手か受取側が、輸送手段を用意します。今回の馬車は、ラメール村のものです」


「雪狼便も?」


「村が手配した便です。ただし、運べるのは書簡や小包などの軽い荷だけです」


 魚箱をまとめて運ぶなら、馬車が必要になる。


 ラメール村から出る荷でも、行き先と重さによって運び方が違うらしい。


「枝道が開けば、すべて再開できるわけではないのですね」


「雪狼、馬車、陸竜で、確認を分けます」


 道路整備隊長が言った。


 地図には、一本の線しか引かれていなかった。


「現地を見せてください」


 エルナが言った。


     ◇


 二番標の脇から、ラメール村への枝道が海側へ下っていた。


 道の両側には、除雪された雪が低く積まれている。


 白かった表面には、土と枯れ草が混じっていた。


 日の当たる場所では地面が乾き始めている。


 木立の影には汚れた雪が残り、その縁から流れた水が道を横切っていた。


 エルナは道路整備隊長、カイル、数名の兵士とともに枝道の入口へ立った。


 俺もエルナに抱えられている。


 そこには、ラメール村の運送係が待っていた。


 潮に焼けた青い角。


 厚手の外套には、白い塩の跡が残っている。


「村側の除雪は終わっています」


 運送係が言った。


「徒歩で上がる分には問題ありません。ただ、荷を運ぶ道として使えるかは別です」


 木立の奥から、軽い足音が聞こえた。


 白い毛並みが、坂を駆け上がってくる。


 雪狼が一頭。


 背には、小さな書簡袋だけが結ばれていた。


「あれが今朝の試験便です」


 雪狼は泥の深い場所を避け、木の根と石の間を選びながら上ってきた。


 二番標の前で足を止める。


 カイルが書簡袋を外した。


「枝道の上まで、異常なしです」


「雪狼便なら、今日から戻せます」


 運送係が言った。


「どの程度まで運べますか」


「書簡と小包です。魚箱は無理です」


 雪狼は何も聞いていないような顔で、道端の雪解け水を舐めていた。


 速く通れることと、多く運べることは別らしい。


     ◇


 次に、ラメール村の馬車が坂を上ってきた。


 村が北方支部への直送に使っている馬車だった。


 荷台には、魚箱を積んだ時と同じ重さになるよう、水を満たした樽が並べられている。


 運送係が手綱を取り、道路整備隊の兵士が左右についた。


 日の当たる区間では、車輪は問題なく回った。


 木立の影へ入る。


 馬は、軟らかい場所を避けて足を置いた。


 だが、車輪には避ける余地がない。


 右の車輪が沈み、濡れた土を押し広げた。


 運送係がすぐに馬を止める。


「ここまでですね」


 道路整備隊長も頷いた。


「無理に進めば、道を傷めます」


「空荷なら通れますか」


「通れます」


 運送係は、沈んだ車輪を見た。


「ですが、空の馬車を往復させても、荷は運べません」


 正しかった。


 北方支部とラメール村の間で運びたいのは、魚介や海産物だけではない。


 積荷のある馬車が通れることが、直送便を再開する条件だった。


「補修には、どのくらいかかりますか」


「この区間へ砂利を入れ、排水を切ります」


 道路整備隊長が車輪の跡を見た。


「天候が崩れなければ、数日です」


 馬車はゆっくりと坂を下り、道を空けた。


 深く沈んだ二本の車輪跡に、雪解け水がにじんでいた。


     ◇


 続いて、竜運の一行が枝道を上ってきた。


 先頭には、試験用の荷を背負った中型の陸竜。


 その隣を、竜運の札を首から下げた竜人の担当者が歩いている。


「予定どおりの重量です」


 竜人が荷札を示した。


「ラメール村から配送基地へ運ぶ、通常便一頭分です」


 陸竜が首を巡らせ、背の荷を見た。


「いつもの荷の重さだ。これなら比べやすい」


 低く、よく通る声だった。


 グレン殿とは姿が違う。


 翼はなく、四本の脚は太い。


 だが、竜運の荷札を付け、荷について自分の意見を言うところは同じだった。


「ここを通れれば、陸竜便を再開できますか」


「この枝道だけでは決められません」


 竜人の担当者が答えた。


「このまま配送基地まで走り、初便の到着を確認します」


「海竜便はどうなりますか」


「継続します。荷量や天候に応じて、陸路と海路を使い分けます」


「当然だな」


 陸竜が鼻を鳴らした。


「荷が届かなければ、道が通れたとは言わん」


 陸竜は枝道へ足を進めた。


 乾いた坂では、足跡は浅かった。


 先ほど馬車が沈んだ日陰へ差しかかる。


 陸竜は足を止めた。


「ここは軟らかい」


 前足を少し山側へ置く。


 濡れた場所を避け、確かめるように次の一歩を踏み出した。


「俺だけなら通れる」


 陸竜は後ろを振り返った。


「だが、同じ場所を続けて踏ませるな。三頭目には道がなくなる」


 道路整備隊長が足跡の底を確かめた。


 薄く水がにじんでいる。


 竜人の担当者が頷いた。


「中型のみ。一頭ずつ間隔を空けます。初便の到着後は、一日一便から始めましょう」


「大型は?」


「まだ通しません」


 陸竜が地面をもう一度踏んだ。


「では、先まで見てくる」


「お願いします」


 エルナが頭を下げた。


 陸竜は荷を背負ったまま坂を上り、二番標を越えていった。


 陸路への切替試験は、この先も配送基地まで続く。


 馬車は通れなかった。


 陸竜は、自分の足を置く場所を選んで通った。


 一本の坂道でも、通るものによって条件は変わる。


     ◇


 支部へ戻ると、返書を作る仕事が残っていた。


 道路整備隊への補修指示。


 竜運への試験継続確認。


 ラメール村への直送便回答。


 エルナは筆を取り、一枚目の紙へ書きかけた。


『ラメール村枝道、通行再開――』


 そこで筆が止まった。


「これでは、馬車も通れるように見えますね」


「そう受け取られるでしょう」


 ガレスが答えた。


 徒歩は通れる。


 雪狼は、書簡と軽い荷を運べる。


 陸竜は、便数と大きさを限れば試験を続けられる。


 馬車は、荷を積むと通れない。


 道が開いたかどうかだけでは、どれも表せなかった。


 エルナは俺を開いた。


 俺は余白へ意識を向けた。


『道の名前だけでなく、通れるものを書きませんか。』


 エルナは、その一文を読んだ。


「なるほど…」


 新しい紙を引き寄せる。


 一枚目。


『ラメール村枝道は、徒歩および雪狼便の通行を再開する。雪狼便は、書簡、小包その他の軽量物に限る。』


 二枚目。


『ラメール村発、北部配送基地行き陸竜便は、中型陸竜一頭による試験運行を継続する。初便の到着確認後は、当面一日一便とする。』


 三枚目。


『ラメール村枝道における積載馬車の通行は、補修完了まで停止を継続する。』


 ガレスが三枚を確認した。


「これなら、どの便が動くのか分かります」


「一本の道なのに、通知が三枚になりました」


 カイルが言った。


「行き先も、運ぶ物も違いますから」


 エルナは地図を見た。


 二番標から伸びる線は、朝と変わらず一本だった。


 だが、その上を通るものは、もう同じには見えなかった。


     ◇


 夕方。


 二番標の下を、書簡袋を背負った雪狼がラメール村へ向けて駆けていった。


 軽い足音は、濡れた道にほとんど跡を残さない。


 少し離れた北西街道を、竜運の陸竜が荷を背負い、配送基地へ向かっている。


「次は、もう少し間を空けて通すぞ」


 遠ざかる声に、竜人の担当者が手を上げた。


 枝道の途中では、道路整備隊の兵士たちが、馬車の車輪が沈んだ場所へ砂利を運び始めていた。


 ラメール村の運送係は、空になった水樽を荷台へ戻している。


 次にこの坂を上る時には、水樽ではなく、魚箱を積んでくるのだろう。


 道の脇を流れる雪解け水が、西日を受けて光っていた。


 濡れた土の間から、細い草の芽がいくつも顔を出している。


 雪狼の足跡。


 陸竜の足跡。


 砂利を積んだ荷車の、新しい車輪の跡。


 冬の間は閉ざされていた坂に、春の便が一本ずつ戻り始めていた。


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