第56話
翌朝、王立学園の教室はいつもより重苦しい空気に包まれていた。
朝礼の時間。
生徒たちが席に着きざわめきが徐々に収まる中扉が開いた。
入ってきたのはエレノア先生で、その後ろにレオンハルト、エリシア、そしてセレナの三人が並んで続いていた。
クラス全体が体を硬直させた。
三人とも穏やかな表情を保っていたが、どこか決意が滲み出ているのが皆にも伝わってきた。
エレノア先生は壇上へ上がりクラスを見渡した。
「皆さん朝礼の前に少しお時間をいただきます。昨日校舎裏で起きた事件について報告と処分をお伝えします」
その言葉にクラスにざわめきが広がり始めた。
後ろの席に座るイザベラは指先をわずかに震わせていた。
取り巻きの二人は顔が青ざめている。
エレノア先生は淡々と続けた。
「上級生五名が新入生のエリシア・フォン・レーヴェント嬢を襲撃しました」
「幸いエリシア嬢に怪我はなく、襲撃者五名は謹慎処分とし、詳細は学園理事会で審議中です」
クラスにどよめきが広がった。
先生は続けた。
「エリシア様、当時の状況を皆さんに話していただけますか?」
エリシアは壇上へ進み出た。
「昨日放課後に校舎裏へ行きました。そこに待っていたのは上級生の先輩五名です。木材の確認をしていると突然襲撃されました。理由は私が第七王子殿下の婚約者候補であることへの不満だそうです」
エリシアは続けた。
「私は自分を守るために戦いました。それだけです」
エレノア先生が頷きレオンハルトに視線を向けた。
殿下は壇上へ上がりセレナに手を差し伸べた。
「セレナ……話してくれるかい?」
セレナは一瞬肩を震わせ目に涙を浮かべた。
それから勇気を出して前に立ち、後ろの席を指差した。
「……エリシアお姉さまへの嫌がらせはアメリア嬢から指示されました」
イザベラの取り巻きの一人――アメリア・フォン・ローテがはっと顔を上げた。
「な、何を言っているの!? 証拠もないのにそんな――」
セレナの瞳が涙で潤みながらもまっすぐにアメリアを射抜く。
「……私、アメリア嬢に脅されて……嫌々従っていました。お姉さまを校舎裏に行かせるように、嘘をつくように言われて……。『落とし穴に嵌めるだけだから、ちょっとしたいたずらよ』って……。でも、まさか……あんなことをするなんて……! 上級生の先輩たちに襲わせるなんて……思ってもみませんでした! お姉さまを本当に傷つけるつもりだったなんて……」
アメリアの顔が一瞬で真っ青になり、口をぱくぱくさせた。
その時レオンハルトが手を挙げた。
「カイル来てくれ」
扉が開きカイルが入ってきた。
手に小さな水晶のような魔道具を持っていた。
カイルは無言で壇上の机にそれを置き軽く頭を下げて自分の席に戻った。
レオンハルトの声が鋭く響いた。
「以前からエリシア様の机や持ち物にいたずらをする者がいました。それだけでなく、私からのプレゼントを盗ませようとした者もいたようです」
クラスがざわついた。
殿下は淡々と続けた。
「エリシア様に贈った万年筆――あれには私の魔力が込められています。エリシア様以外が使用した場合、魔法が発動するようになっています」
セレナの包帯の巻いた手を掲げる。
殿下の瞳がセレナに向けられる。
「セレナ君の包帯はその傷を隠すものだったのだろう?」
セレナは小さく頷いた。
殿下の声が少し低くなった。
「私の近くで盗みが起きるなど許されることではありません。私の権限で監視魔法を使う前から秘密裏にこの監視用魔道具を設置させてもらっていました」
水晶が淡く輝き始めた。
殿下はアメリアに視線を移した。
「アメリア嬢。この映像を今ここで公開しても構わない。今謝罪するなら相応の罰を受けるだけで済ませてやろう。どうする?」
アメリアは慌ててイザベラに視線を向け、助けを求めるようなすがるような目で見た。
だが――イザベラは完全に無視していた。
その目は殿下だけを捉え何も言わない。
アメリアの背中に冷たいものが走った。
(……失敗した)
アメリアは唇を震わせ、深々とレオンハルトに頭を下げた。
「……申し訳ありません。すべて私の独断です」
だが次の瞬間――殿下の声が鋭く響いた。
「謝るべきはエリシアだ!」
レオンハルト殿下の表情が怒りに歪んでいた。
拳を握りしめ一歩前に出る。
「エリシアを傷つけセレナを脅し私の想いを踏みにじった罪は重い。王族である私への侮辱でもある。許すつもりはない!」
その迫力に誰もが息を呑んだ。
エリシアが慌てて殿下の袖を引いた。
「殿下まぁ……落ち着いて」
だが殿下は止まらずエリシアを見て声は震えながらも強い。
「エリシアがどれだけ我慢してきたか! もう誰にも貴女を傷つけさせない」
アメリアは膝をつき泣きながらエリシアとセレナに向き直った。
「エリシア様……セレナ……本当にごめんなさい……! 私が全部悪いんです……!」
涙がぽろぽろと零れる。
セレナも涙を拭いながら小さく頷いた。
クラスは静まり返りエレノア先生が深くため息をついた。
「アメリア嬢は謹慎処分とし、他の関係者も調査します」
イザベラは無言のまま口元を取り繕っていた。
だがその表情の奥にわずかな動揺がちらりと浮かんだ。
事件は一応の区切りを迎えた。
エリシアはレオンハルトとセレナの手を握り微笑んだ。
セレナの涙は止まり、瞳がようやく輝きを取り戻していた。
レオンハルト殿下も笑みを浮かべてエリシアを見上げている。
これでようやく穏やかな日常が戻ってくる――。
そんな空気の中、教室の扉が開いた。
足音が響き白いドレスの裾がふわりと揺れる。
アリアだった。
いつものようにふわふわとした髪を朝陽に輝かせ、瞳をキラキラさせながら入ってきたが今日は少し様子が違った。
ドレスの裾を握りしめ頰をぷくっと膨らませている。
アリアは壇上近くまで歩み寄り、立ち止まった。
彼女はエリシアを見上げ、無垢ででもどこか冷たい響きを帯びた声でぽつりと呟いた。
「……お姉さまどうしてセレナちゃんを泣かせてるの?」
セレナは慌てて首を振った。
「ア、アリアちゃん違うの! お姉さまは――」
だがアリアは聞いていない。
表情に揺るぎない非難の色が宿った。
「クラスメイトを泣かせてる……あの人の言った通り。やっぱり悪女なのね!」
その言葉が教室に落ちた。
朝陽がまだ優しく三人を照らしていた。
けれどその光は――どこか冷たく感じられた。




