第53話
セレナは教室の片隅でぺたりとしゃがみ込んだまま動けなかった。
肩が細かく震え瞳は涙で霞んでいる。
さっきエリシアお姉さまに校舎裏へ行くよう伝えたこと――
それがただの木材チェックなんかではないこと。
胸の奥がぎゅうっと締めつけられるように痛くて息をするのもつらかった。
すぐ後ろの席でイザベラの取り巻きの二人が声をひそめてひそひそ話しているのが聞こえてきた。
いつもの笑みを浮かべたままなのに言葉は氷みたいに冷たかった。
「ふふ、あの魔猿ようやくおしまいね」
「あら、何したの?」
「上級生の先輩たちに頼んだのよ。男の子たちにボロボロにされて傷モノになっちゃえば……もう第七王子殿下の隣にいられる資格なんてなくなっちゃうわ」
「あらあら、ずいぶんとやんちゃね」
セレナの体がびくりと硬直した。
(そんな……! 落とし穴に嵌めるだけだって聞いてたのに……!?)
イザベラが顔を上げた。
「……どういうことですの?」
取り巻きの二人がはっと肩を震わせた。
「い、イザベラ様……これは、その……」
「何でもないですわっ!」
その時――
「……そんな話、聞いてません!」
セレナが突然立ち上がった。
声は掠れていたけれど、はっきりとした怒りが込められていた。
取り巻きの二人がびくりと肩を震わせて振り返る。
「え……セレナ、何よ急に」
「そんな卑怯な真似許せません……!」
取り巻きの二人が慌ててイザベラに視線を向けた。
笑顔を取り繕いながら声を低くして言い訳を始める。
「い、イザベラ様……これは、その……」
「ちょっと何言っているのよ……!」
イザベラは二人を見つめた。
瞳の奥にわずかな苛立ちがちらりと光った。
「……ふうん。そう」
取り巻きの一人がセレナに視線を移す。
少し声を尖らせて脅すように言った。
「なによセレナ、不満でもあるの!? 親戚がどうなっても知らないよ!」
その言葉がセレナの胸に深く突き刺さった。
これまで取り巻きに脅されて嫌々従っていたこと。
エリシアお姉さまに嘘をつかされたこと。
親戚を盾に取られて怖くて逆らえなかったこと。
すべてが一気に溢れ出して――もう我慢できなかった。
セレナの瞳が涙で潤みながらもまっすぐに取り巻きを射抜いた。
体を震わせながらでも声ははっきりとした。
「……貴族とは……淑女とは、こんな卑怯な真似をするものじゃありません! 人を脅して、陰で嫌がらせをして、誰かを傷つけることなんて……絶対に、許されないんです! お姉さまはいつも優しくて、強くて……。それなのに、あなたたちは私を脅して、無理やりお姉さまを傷つける手伝いをさせて……! 悪口を書かせて、万年筆を隠させて、机にゴミを詰めさせて……。もう嫌です! 私はお姉さまが教えてくれた――本当の貴族、本当の淑女になりたいんです!! だから、もう絶対に……あなたたちに従いません!」
最後の言葉は、涙で掠れながらも、教室全体に響き渡るほど力強かった。
取り巻きの二人は顔を真っ青にし、口をぱくぱくさせるだけ。
イザベラの瞳にも、初めて動揺の色が浮かんだ。
セレナは肩で息をしながら、それでもまっすぐに立ち続けていた。
涙が頰を伝うけど、もう俯かない。
その小さな背中が、まるでエリシアのように強く見えた。
セレナはもう我慢できなかった。
涙を袖で拭い肩を震わせ手を胸に当て、エリシアの席の方をちらりと見てから教室を飛び出すように走り出した。
教室の扉を勢いよく開け廊下を全力で駆けていく。
(お姉さま……ごめんなさい……! 今すぐ助けなきゃ……!)




