第46話
休み時間。
アリアはレオンハルトにパタパタと足音を立てて駆け寄った。
「レオお兄ちゃん!」
殿下の服の裾を掴み、そのまま勢いよく胸に飛びつこうとする。
ぴったりと寄り添い頭を殿下の胸にぐりぐりと押しつけて――
「アリア、ちょっと待って」
エリシアが慌てて声をかけ、アリアの肩に手を置いた。
アリアがきょとんと顔を上げる。
エリシアは続けた。
「淑女は殿方にあまりべったりくっついてはダメよ。殿下も困っちゃうわ。少し離れて挨拶しましょう?」
レオンハルトは少し驚いた顔でエリシアを見たが、すぐに笑って頷いた。
「エリシア様の言う通りだね。でもアリアが嬉しいのは伝わってくるよ」
アリアは一瞬ぽかんとして――すぐに顔を輝かせた。
「分かったわ! お姉さまの言う通りにする!」
素直にレオンハルトから一歩離れ、両手を背中に回して貴族令嬢らしい丁寧なお辞儀をする。
「レオお兄ちゃん、よろしくお願いします!」
その純粋で一生懸命な仕草にレオンハルトの瞳が細められた。
「よろしく、アリア」
エリシアはその光景を見て微笑む。
(本当に可愛いわね……)
レオンハルトの優しい笑顔アリアの無垢な喜び。
そして自分の言葉を素直に受け入れるアリアの純粋さ。
温かな気持ちが胸に広がる。
――その様子を教室の隅から見つめるイザベラ。
唇に薄い笑みを浮かべたまま誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「聖女様……新しい旗頭になりそうね」
すぐ傍に控えていた取り巻きの一人がわずかに眉を上げてイザベラを見た。
イザベラはただゆっくりと瞬きをする。
取り巻きたちは無言で視線を交わし小さく頷き合う。
静かなしかし確かな合図。
誰にも気づかれぬまま教室の空気に溶けていった。
放課後、生徒会室。
ユーリウスが口を開く。
「アリア嬢も特別に生徒会へ編入させていただきます」
その言葉にアリアの表情が明るくなった。
ぴょんと椅子から立ち上がり、レオンハルトの隣の席にちょこんと腰を下ろす。
「レオお兄ちゃんと一緒なら嬉しい!」
レオンハルトはアリアの頭を撫でた。
「僕も嬉しいよ。一緒に頑張ろう」
エリシアは二人の様子を見て自然と表情が和らぐ。
「お世話係として、私もしっかり頑張りますわ」
簡単な自己紹介を終えた後、ユーリウスが口を開いた。
「アリア嬢。君が加わってくれて生徒会がさらに明るくなりそうだね」
エレナは無表情のまま、しかしほんのわずかに口角を上げて、机の上に置いてあった書類を一枚アリアの方へ滑らせた。
「……これは今日の議事録の簡単なまとめ。読めるかな?」
アリアは少し緊張した様子で書類を覗き込み、指で文字を追う。
「うん……読めるよ! エレナお姉ちゃん、字がきれい……」
エレナの瞳が一瞬だけ揺れ、普段ほとんど動かない表情がほんの少しだけ柔らかくなった。
「……ありがとう。次からはもっと簡単な字にする」
ガルドは腕を組んだままぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「小さいのに偉いな。……ほら、これ」
そう言ってポケットから包みを取り出しアリアの前に置く。
開けてみると手作りのような固いクッキーが数枚。
「俺が焼いたやつだ」
アリアの顔が輝き両手でクッキーを受け取った。
「わあ、ありがとう、ガルドお兄ちゃん! 一緒に食べよう!」
ガルドは「ふん……」と顔を逸らした。
リリアは眠そうな目をこすりながら体を起こした。
「……んー、可愛い……。アリアちゃん、こっち来て?」
そう言って自分の隣の椅子をぽんぽんと叩く。
アリアがぴょこんと移動してリリアの隣に座る。
リリアはアリアの頭を抱き寄せた。
「……ふわふわ……癒される……。これで今日の疲れが吹き飛んだ……」
アリアは笑いリリアの腕に頰をすり寄せる。
「リリアお姉ちゃん、あったかい……」
部屋全体がいつもの厳かな雰囲気から、どこか家族のような温かさに包まれていた。
エリシアはそんな様子を眺めながら胸の奥が優しい熱に包まれた。
(みんな……意外と面倒見がいいのね)
ユーリウスが糸目を細め、穏やかに笑った。
「みんなの表情が一気に和らいだね。……なるほど、これが聖女の癒やしの力か」
リリアが「会長まで堕ちたー」とつっこむ。
アリアはみんなの顔を見回して満面に輝く表情を見せた。
「みんなと一緒なら毎日が楽しみ!」
生徒会室は笑い声と幸福感に満ちていた。
帰りの馬車。
レオンハルトは少し申し訳なさそうにエリシアを見上げた。
「……アリアは昔から僕を慕ってくれていて……エリシア様に嫌な気持ちをさせたらごめんなさい」
その声はどこか不安げで反応を窺っている。
「そんなことないわ。アリアちゃんは本当に可愛い子ですし……殿下が優しいのは私大好きですから」
殿下の顔が明るくなり、胸の奥が静かに熱を帯びる。
「……ありがとう、エリシア様」
車内を甘い時間が包み込んでいく。




