第36話
二人が手を繋ぎ、フロアの中央へと進む。
エリシアは深呼吸をしてステップを踏み始めた。
前世のダンス経験とレーヴェント家の身体能力が融合し、最初は自然とリードする形になる。
彼女の足運びは滑らかで、回転のタイミングも完璧。
レオンハルトの体を導くように軽く腰を引き寄せる。
――が、ほんの数小節後。
レオンハルトが微笑んだ。
手がエリシアの腰に添えられ、優しくしかし確かな力でリードを奪い返す。
「エリシア様……少し、こちらへ」
彼のステップが少しずつ主導権を握り、エリシアの動きを包み込むように導く。
最初は「え……?」と驚いたエリシアだったが、レオンハルトがすぐ近くで微笑んでいるのを見て胸の緊張が解けた。
リードされる感覚に身を委ねるうちに足取りが自然と軽くなる。
回転するたびドレスの裾が広がり、魔法の灯りが二人の影を美しく踊らせる。
密着した距離でレオンハルトが囁く。
「……エリシア様のステップ、とても美しいです」
「……ありがとうございます、殿下」
二曲目、三曲目と続けて踊るうちにエリシアの表情がどんどん柔らかくなっていく。
最初は緊張で固かった肩が緩み、頰に自然な笑みが浮かぶ。
レオンハルトの指先が絡み合うたび、心臓の音が優しいリズムに変わっていく。
(……楽しい……本当に、楽しい……)
三曲が終わり、二人が礼をすると――
大広間全体から拍手喝采が沸き起こった。
貴族たちの視線が羨望と称賛に満ち、魔法の灯りが二人の姿を照らす。
エリシアは息を少し乱しながらもレオンハルトの瞳を見つめて優しい表情を向けた。
「……ありがとうございます、殿下。とても、素敵な時間でした」
レオンハルトは照れくさそうに答える。
「……私こそ、エリシア様と踊れて……幸せです」
拍手が収まると貴族令嬢たちがレオンハルトの周りに集まり始める。
一方エリシアの周りにも若い男性貴族たちが控えめに近づいてきた。
エリシアは少し息を乱しながらも微笑んで答える。
「……ありがとうございます。でも今夜は殿下と三曲続けて踊りましたので、少しお休みをいただきますわ。申し訳ありません」
男性たちは「そうですね、失礼いたしました」と丁寧に引き下がる。
レオンハルトも令嬢たちに囲まれながら応じつつ、エリシアを視界から離さない。
エリシアに囁く。
「……エリシア様、少しお疲れのようですね」
その時、また後ろから聞き慣れた声が割り込んできた。
「エリシア! 殿下!」
カイルだった。
珍しく背筋をピンと伸ばし、貴族の息子らしい落ち着いた表情を浮かべている。
彼はまずレオンハルトの周りに集まっていた令嬢たちに向き直り、片手を差し伸べる。
「ご令嬢方、私と一曲いかがでしょうか? このカイル・フォン・ヴァイスがお相手いたします」
令嬢たちは少し驚いた顔をしつつも笑ってカイルの手を取る者も現れる。
カイルはエリシアに軽く顎でバルコニーの方向を示しながらにやりと笑う。
「お前らはあっちにでもいってろ。殿下、任せたぜ」
レオンハルトは頷く。
「……ありがとう、カイル」
エリシアとレオンハルトはそっと大広間を抜け、バルコニーへと向かった。
外の夜風が頰を撫で、王都の夜景が広がる。
魔法の灯りが遠くで輝き、星空が瞬いている。
エリシアは手すりに寄りかかり息を吐く。
「……ありがとうございます、殿下。少し、涼めてよかったです」
レオンハルトはエリシアの隣に立ち、穏やかな表情を浮かべる。
「……私の方こそ、エリシア様とこうして二人きりになれて……嬉しいです」
エリシアの手を握りしめる。
二人の影が月光に溶けていく。
レオンハルトは頰をほんのり赤らめて続ける。
「……エリシア様。今日、貴女と踊れたこのひと時は、私の人生で最も鮮やかな記憶となりました。凍てついた氷が春に溶け、花を咲かせるように――私の胸は、貴女だけで満ち溢れています。この夜の星のように、永遠に変わらぬ光を私は求めています。貴女の側にいるだけで、私の世界は色を取り戻し、貴女の微笑みは私の朝と夜、すべてを照らすのです。私の心は、もう貴女だけに捧げられています」
(……告白!)
エリシアの息が少し乱れる。
レオンハルトは視線を落とさず続ける。
「……エリシア様。もし……貴女も、同じ気持ちでいてくださるなら……」
そこで言葉を切り、レオンハルトはエリシアの手の甲に唇を寄せる。
柔らかくほんの一瞬の貴族らしい優雅なキス。
「……教えてください。私の想いが、貴女の心に届いているかどうか」
エリシアの体が甘く震えた。
(ひええええええええ……!)
彼女はレオンハルトの手を握り返し、微笑む。
「……私も、殿下と一緒にいられて……とても幸せです」
二人は言葉少なにただ手を繋いだまま星空を見上げる。
夜風が二人を包み、魔法の灯りが遠くで瞬いていた。




