第29話
エリシアはドレスの裾を軽く摘まみ、講師の女性と向き合って立っていた。
五十代くらいの貴婦人は背筋をピンと伸ばした厳格な雰囲気を漂わせていた。
目元には長年の経験が刻んだ柔らかさがあった。
王立学園の舞踏指導も務めるベテランだった。
今日は母の計らいで特別に自宅へ来てくれている。
部屋の隅のソファでは母が腰を下ろし二人を見守っていた。
「では、もう一度。ワルツの基本ステップからお願いいたします」
講師の落ち着いた声にエリシアは自然と背筋を伸ばし、息を整えた。
脳裏に前世の記憶が鮮やかに蘇った。
女子高生だった頃――スマホを片手に動画サイトで流行りのダンスを真似していた。
鏡の前で何度も繰り返した日々。
振り付けを覚えちょっとしたアレンジを加えては録画し満足げに再生してニヤニヤする。
そんな時間が今のこの体に染みついていた。
レーヴェント家の超人的な身体能力と結びつき体がまるで自分で考えて動くように。
――スッ。
優雅に一回転した。
ドレスの裾がふわりと広がり軽やかな風を起こす。
滑らかなステップで間合いを詰め――講師の手を軽く握りリードを返す。
「……!」
講師の目が瞬時に見開かれた。
わずか数回の練習でエリシアはステップを完璧に合わせていた。
回転の流れまで美しく決めて――。
体が自然に喜ぶように動く。
(この体……前世より動きやすい!)
ソファから少し身を乗り出した母が目を細めて柔らかく微笑む。
「まあ、エリシア……本当に素敵だわ」
講師もすぐに感嘆の息を漏らした。
「素晴らしい! お嬢様、この調子で宮廷舞踏の定番曲をすべてマスターしてしまいましょう!」
その言葉通り午前中いっぱいを使って練習は続いた。
ワルツ、タンゴ、そして入学初日のパーティで必ず踊られるという宮廷舞踏――。
エリシアはどれも驚くほどの速さで完全に自分のものにしてしまった。
講師は最後には目を輝かせ興奮を抑えきれない様子で言った。
「お嬢様なら明日のパーティで会場中を魅了できること間違いありませんわ!」
母は満足げに頷きエリシアの手を取った。
「自慢の娘ですもの。当然だわ」
その柔らかな笑顔にエリシアは頰に血が上った。




