第22話
実技試験場は学園の裏手に広がる広大な円形アリーナだった。
強固な結界が張り巡らされ、周囲の観覧席にはすでに多くの受験生や試験官、貴族の関係者たちが座っていた。
エリシアが会場に足を踏み入れた瞬間、軽いざわめきが広がった。
同い年のはずの受験生たちの中でも彼女は頭一つ分背が高く、ひときわ目立っていた。
長い黒髪を優雅に揺らし、落ち着いた雰囲気をまとった令嬢――それがエリシアだ。
周囲から囁き声が聞こえてくる。
「高学年の再試組……?」
「あの人、噂のレーヴェント家の……」
エリシアは表情を引き締め、自分の順番を待つ場所へと歩みを進めた。
(ふう……やっぱり目立つわね)
内心で小さく息を吐きつつ、彼女は観覧席のざわめきを背に受け止めた。
エリシアは順番を待つ場所へと移動した。
観覧席のざわめきが少し遠のくあたりで、ふと奥の通路から聞き慣れた元気な声が飛び込んできた。
「よお、エリシア!」
振り返るとカイルが近づいてきていた。
汗一つかかず、満足げな顔で――試験を終えたばかりとは思えないほど爽やかだ。
エリシアは少し目を丸くして尋ねた。
「カイル、もう終わったの?」
カイルは自信たっぷりに親指を立てた。
「当たり前だろ! 余裕、余裕!」
その眩しい笑顔にエリシアは笑った。
――でも、次の瞬間、自分の番が魔法の実技だと考えると自然と目を伏せてしまった。
魔力は薄い。
派手な魔法なんて出せない。
どうやって点を取ればいいんだろう……。
カイルはそれに気づいたのか、隣に並んで肩を軽く叩いた。
「エリシアなら大丈夫だって」
少し照れくさそうに、でも力強い声で。
そして顔を寄せて耳打ちした。
「本気見せてやれよ。お前の全力なら、絶対大丈夫だ。全力だぞ、絶対に全力出せよ!」
「……うん、やってみる」
彼女は小さく頷き、カイルの顔を見て微笑んだ。
心臓の鼓動が少し速くなっていた。
エリシアはカイルに軽く手を振ってから実技試験の受付へと歩み寄った。
受付の試験官に名前を告げると――
「エリシア・フォン・レーヴェント様……!」
試験官の目が一瞬見開かれ、態度が変わった。
慌てたように立ち上がり、丁寧すぎるほどのお辞儀をしてすぐに案内を始めた。
「こちらへお通りくださいませ。お待ちしておりました」
他の受験生たちを横目に、特別な通路から直接試験エリアの中央へと通される。
周囲の観覧席や待機場所からひそひそと囁き声が聞こえてきた。
「え、レーヴェント家の人?」
「第七王子殿下の婚約者の……」
エリシアは表情を変えずに平静を保った。
(……やっぱり、噂は広がってるのね)
内心で小さく息を吐きつつ、彼女は試験エリアの中央へと進んだ。
エリアの奥、結界の内に置かれていたのは――人型の重厚な鎧だった。
表面に複雑な魔法陣が刻まれ、受けたダメージを自動で測定・表示する仕組みらしい。
試験官が少し緊張した様子で告げた。
「それでは、ご自身のタイミングで攻撃をお願いいたします」
エリシアは頷き、鎧に向かって歩き出した。
――その行動に、周囲がざわめき始めた。
「え、近づいていってる……?」
「魔法なのに?」
「一体、何をするつもりだ……?」
観覧席から困惑の声が漏れ、試験官もわずかに眉を寄せてエリシアの動きを注視していた。
エリシアは鎧の前にぴたりと立ち止まった。
(全力で……ね)
カイルの言葉を胸に、彼女は息を吸い込んだ。
「全力で……打つ!」
両手を伸ばし――鎧の肩をガッ、と掴む。
魔力を全身に巡らせ、身体強化を最大に。
――ズン!!
筋肉が張りつめ、視界が鋭く研ぎ澄まされる。
刹那。
全力の膝蹴りが――腹部に深く叩き込まれた。
ドゴォォォン!!!
衝撃音がアリーナに轟き、地面がビリビリ震える。
重厚な鎧がゴグシャッ、と大きくへこみ――玩具のように後方へ吹き飛ぶ。
結界の壁にガバァンッ!! と激突し、金属の悲鳴を上げて転がる。
会場が静まり返った。
試験官が「え……?」と素の声を漏らし、目を丸く固まる。
受験生たちはぽかんと口を開け、観覧席の関係者たちが息を呑む。
エリシアは膝を下ろし、息をフーッと吐いて――鎧の残骸を一瞥。
(……やっちゃったわね)
照れくさく試験官を振り返った。
観覧席が一瞬静寂に包まれた。
――次の瞬間、爆笑の声が響き渡った。
「ぶははははっ!! エリシアすげえ!」
カイルだった。
笑いが止まらず、体を揺らしている。
エリシアは視線をその方向へ向け、呟いた。
「……カイル。あんた」
この鎧は魔力耐性が極めて高い。
だが物理耐性はそうでもない。
普通の大人の騎士が本気で殴れば少しへこむくらいは可能な代物だ。
ただ――前線で過酷に鍛え上げられ身体強化を極めたレーヴェント家の者なら話は別。
破壊されるのは必定だった。
歴代この鎧を完全に破壊した記録はただ一族のみ。
そう、レーヴェント家。
そして以前これを粉々に打ち砕いたのは――戦鬼と呼ばれる父、ギルベルト・フォン・レーヴェントだった。
この日を境に学園内でエリシアを「鬼姫」とこっそり呼ぶ者が現れたとか、現れていないとか。
エリシアは頰を掻き、試験官に丁寧に頭を下げた。
(カイルめ……「全力で!」って、絶対これ狙ってたでしょ)
遠くでカイルの「ぶはははっ!!」という笑い声がまだ止まらない。
エリシアは肩をすくめた。
(どうせ目立つんだから、いいか)




