第21話
実技試験は面接組がすべて終わるまで始まらないらしい。
エリシアは少し時間を潰そうと、学園の中庭へと足を向けた。
春の柔らかな日差しが降り注ぐ中庭は、花壇の花々が色鮮やかに咲き乱れていた。
噴水の水音が響いていた。
ベンチに腰を下ろして休む受験生や、緊張を紛らわせるように散歩する者たちがちらほらと見える。
穏やかな中庭で――大きな樫の木の陰。
小さく肩を震わせる人影があった。
淡いピンクの長い髪、白いリボン。
金色の瞳が涙で濡れてキラキラ光る。
幼く愛らしい少女だった。
エリシアは自然と足を止め、近づいた。
「……どうしたの? 何かあった?」
少女はびくっと顔を上げ、慌てて涙を拭った。
「あ……い、いえ、なんでも……ありません……!」
声は少し震えていたが、澄んでいて可愛らしい響きだった。
エリシアは少女の隣に腰を下ろした。
「試験、難しかったの?」
少女は小さく頷き、俯いたままぽつりと呟いた。
「全然……できなくて。飛び出してきてしまって。このままじゃ、学園に受からないかもって思ったら……」
そう言って、また涙がぽろりと頰を伝った。
エリシアはふとリリアナから聞いていた話を思い出した。
王立学園の入学試験では筆記よりも実技の比重がずっと大きい。
特に魔力の強い貴族の子弟たちは実技で高得点を稼ぐのが当たり前だという。
(この子……魔力が強そうだもの。きっと実技で挽回できるはずだわ)
エリシアはそっと手を伸ばし――少女の頭を撫でた。
「大丈夫よ。あなたほどの魔力量があれば、きっと実技で合格できるわ」
小さく微笑んで、ポケットからハンカチを取り出す。
白いレースの縁取り、上品な一枚だった。
「ほら、泣かないの。可愛い顔が台無しになっちゃうわよ」
頰に当て、涙を拭く。
涙がハンカチに染み込む。
少女の瞳がわずかに輝きを取り戻す。
少女はびくっと体を震わせたが、すぐに恥ずかしそうに目を伏せた。
「ご、ごめんなさい……こんなところで泣いてしまって……」
エリシアは首を振って続けた。
「いいのよ。よかったら、少しお話しましょう?」
少女は少し躊躇ったあと、ぽつぽつと口を開いた。
「私、魔力は強いんですけど、文学とか計算とか、頭に入らなくて……。実技なら自信があるのに、筆記で足を引っ張ったらどうしようって……」
エリシアは少女の肩に軽く手を置いた。
「わかるわ。私も魔法は苦手で、いつも身体を鍛えるしかなくて……。でも、得意なところで頑張ればいいのよ。あなたの実技、きっとすごいんだろうな。私、楽しみにしてるわ」
少女の瞳が少しずつ輝きを取り戻す。
「本当ですか……?」
「うん。あなたなら大丈夫」
エリシアは最後の涙を拭い終えると、ハンカチを少女に手渡した。
少女はそれを大切そうに受け取り、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます……お姉さま。このハンカチ、ちゃんと洗ってお返ししますね……!」
(お、お姉さま!? 同い年のはずなのに!?)
エリシアは目を丸くし――少女の背中をポン、と叩いた。
「待ってるわね。でも無理しないで」
少女はようやく明るい笑みを浮かべ、貴族令嬢らしい丁寧なお辞儀をした。
「私はセレナ・フォン・アルテミシアと申します。もし合格できましたら、そのときは……どうぞよろしくお願いいたします」
「セレナ……可愛い名前ね。私、エリシア・フォン・レーヴェント。こちらこそ、よろしくね」
エリシアも優雅に礼を返した。
セレナは頰を少し赤らめ、もう一度ぺこりと頭を下げると、ハンカチを握りしめて小走りで中庭を去っていった。
髪が揺れ、リボンがはためく後ろ姿がなんだかとても愛らしかった。
エリシアはベンチに残り、息を吐いて微笑んだ。
(なんだか……本当にお姉さん気分になっちゃった)
エリシアは一人になって、近くのベンチに腰を下ろした。
遠くの実技試験会場の方角からは色とりどりの魔法の光が時折空に向かって弾けていた。
炎の赤、氷の青、雷の白――華やかな光の粒が春の青空に舞い散るように昇っては消えていく。
「学園生活って、こんな感じなのかな」
エリシアは自然と頰が緩んだ。
「なんか……楽しみになってきたかも」
優しい春風が髪を揺らし、花壇の花々が甘い香りを運んでくる。
新しい出会いとこれから始まる日々への期待が胸の奥に灯り始めた。
時間がゆったりと流れ、ふと遠くから鐘の音が響き始めた。
低く澄んだ音が学園全体に広がっていく。
――実技試験の開始を告げる合図だ。
エリシアはベンチから立ち上がり、軽くドレスの裾を整えた。
彼女は小さく息を吸って会場へと足を向けた。
(さて……私も、頑張らないと)
胸の奥に灯った期待が少しだけ心臓を速く鳴らしながら。




