第19話
謁見は終わり、一行は宮殿を後にした。
重厚な扉が背後で閉まる音が響き、エリシアはようやく肩の力を抜いた。
胸の奥に残る緊張と、ほんのりとした達成感が混じり合っていた。
なんだか不思議な気分だった。
馬車に再び乗り込むと、リリアナが隣で言った。
「これからが本番ですわ。レーヴェント家の王都拠点へ、ご案内いたします」
その声に含まれた含み笑いが、エリシアの好奇心をくすぐる。
馬車が王都の貴族街を進み、やがて到着した場所は――
巨大な屋敷だった。
白大理石の外壁が日差しを浴びて輝き、広大な庭園には噴水が水を舞い上げていた。
複数の棟が連なる豪奢な造りだった。
これまでのレーヴェント家の王都拠点とは規模がまるで違う。
馬車の窓からその景色を眺めた。
(うわ……でかすぎ……!)
門をくぐると、すでに使用人たちがズラリと整列していた。
黒と白の制服の大勢のメイドと執事たちが深々と頭を下げ、完璧な列を作っている。
その数だけで目が点になる。
馬車が止まり――。
エリシアは呆然としたまま降り立ち、キョロキョロと辺りを見回した。
足元の大理石の道が日差しをキラキラ反射してまぶしい。
目を細め、口がぽかんと開く。
「……これが……私たちの新居」
マリアが隣に立ち、笑みを浮かべて――。
「はい、お嬢様。陛下より下賜されたものですわ。第七王子殿下との婚約が内定したこと、そして殿下をお守りした功績への褒美として、特別に」
――ドキッ!!
(婚約内定!? もうそんな段階に!?)
目を丸くする。
リリアナが馬車から降り、付け加えた。
「旧来の拠点ではなく、こちらが新しいお屋敷ですの。心よりお祝い申し上げますわ、エリシア様」
その声はどこか楽しげだった。
エリシアは屋敷を見上げ、ポロッと――。
「異世界スゲー……」
マリアが「まあ、お嬢様……!」と苦笑いを浮かべ、慌てて口元を押さえた。
リリアナはくすくすと肩を震わせて唇をほころばせ、目を細めた。
「ふふ、エリシア様らしいですわ」
エリシアはハッとして両手をブンブン振る。
(やばっ、また出ちゃった……!)
新しい生活の幕開けは、想像以上の甘さと驚きに満ちていた。
母はマリアや新しく配属されたメイドたちに囲まれ、屋敷へと案内されていった。
母の姿が少し遠く感じられて、エリシアは胸に寂しさを覚えた。
エリシア自身はまだ玄関ホールでキョロキョロと辺りを見回していた。
大理石の床に映るシャンデリアの光、壁に掛けられた豪華な絵画――すべてがあまりにも贅沢だった。
目を奪われてしまう。
そんなとき、リリアナがそっと腕を取った。
「エリシア様、こちらへ。少しお話ししたいことがございますわ」
その声は優しかったが、どこか意味深な響きがあって、エリシアは少し緊張した。
「え、あ、はい……」
リリアナに連れられて向かった先は、広大な書斎だった。
重厚な扉が開くと、壁一面に並ぶ本棚、天井まで届く長い梯子、そして中央に置かれた大きな机。
空気には古い紙とインクの匂いがほのかに漂い、厳かな雰囲気が満ちている。
机の上に――ドサッ!!
分厚い本の山だった。
表紙を見た瞬間、エリシアは体を硬直させた。
過去の王立学園入学テストの問題集だった。
「えっ……?」
思わず声が漏れる。
リリアナが椅子を引き、エリシアを座らせながら、にこにこ。
「入学テストのお勉強を、しましょう。エリシア嬢なら、きっとすぐに追いつけますわ」
笑顔は優しいのに目が本気すぎる。
エリシアは慌てて聞き返し、声が上ずった。
「テ、テストっていつですか……!?」
リリアナの笑顔が深くなる。
「明日、ですわ」
――プツン。
エリシアの頭の中で何かが切れた。
顔が青ざめ、肩がガクッと落ちる。
(えええええええええええええ!!)
書斎のランプが灯る中、地獄のようなお勉強会が始まった。




