第18話
馬車隊は賑やかな大通りを抜け、宮殿へと続く広い石畳の道へと入っていった。
エリシアは窓に額を寄せ、目の前に広がる景色を食い入るように眺めた。
高い建物、色とりどりの旗、行き交う人々の波――すべてが鮮やかだった。
胸の奥に興奮と緊張が同時に湧き上がる。
(これが……本物の王都なんだ)
やがて馬車は宮殿の正門前で止まった。
衛兵たちの丁寧な案内を受け、一行は中庭へと進む。
エリシアは降り立つ。
――ヒュッ。
冷たい石畳の感触が靴底から伝わってきて、息を吸い込んだ。
(うわ……本物の宮殿……!)
レオンハルトが少し前を歩きながら、ふと振り返る。
カイルは隣で目を輝かせ、「すげーな、王都!!」と無邪気に両手を広げてきた。
リリアナはエリシアのすぐ横に寄り添い、腕を軽く触れて並んで歩いてくれた。
母はマリアに支えられながら足を進める。
その姿に、エリシアは少し心配そうに視線を向けた。
広大な宮殿の廊下を進む間、エリシアは隣を歩くリリアナに小声で尋ねた。
「……リリアナ様。どこに向かっているのですか?」
リリアナは優しい声で答えた。
「謁見の間ですわ。陛下がお待ちです。到着のご報告が上がった途端に、すぐにご挨拶を、とのご命令でしたの」
「陛下……に、ですか?」
エリシアの声が上ずった。
心臓が少し速く鳴り始める。
リリアナは小さく頷き、唇に指を当てて含み笑いを浮かべた。
「ええ。それと、その後は……。ふふ、お楽しみですわ」
――ギイイイ……
重厚な扉が開かれる。
瞬間、荘厳さが一気に押し寄せてきた。
高い天井の壮大な壁画だった。
黄金の装飾がキラキラと輝く柱だった。
そして玉座の奥――王の姿。
エリシアは息を詰まらせ、足が止まる。
(これが……本物の王様……)
王は見た目20代の若々しい男性だった。
魔力の強い王族特有の、時を止めたような美貌だった。
金髪に深い青の瞳、レオンハルトにどこか似た顔立ちだった。
けれど玉座に座るその姿には、幼い息子にはない貫禄と威圧感が満ちていた。
エリシアは背筋を伸ばした。
玉座の傍らには数人の側近が控え、部屋全体を張り詰めた静けさが包んでいる。
胸の奥で緊張と畏怖がごちゃまぜになった。
一行は玉座の前に跪く。
――コツン。
大理石の床が膝に冷たく伝わり、エリシアは体を強張らせた。
頭を下げ、息を潜める。
王の声が謁見の間に満ちた。
「ご苦労であったな。遠路はるばる、よくぞ無事で到着した」
レオンハルトが立ち上がり、父王に向かって深く礼をした。
「父様、お久しぶりにございます」
王は小さく頷き、視線を一行全体に滑らせた。
「前線での話は、すべて聞いておる。苦労をかけるな、レーヴェント家、ヴァイス家の者たちよ」
エリシアが王の目に止まった。
瞬間、空気がズンッと重くなる。
エリシアは息をのんで、肩を小さく震わせた。
「そなたが、エリシア嬢か」
慌てて深く頭を下げ、声が上ずる。
「は、はい……エリシア・フォン・レーヴェントに、ございます」
王の瞳が値踏みするように見つめてきて――。
一瞬、鋭く光った。
――ゾクッ。
背筋に冷たいものが走り、エリシアは膝を強く床に押しつけた。
(うわ……威圧感すごい。これが本物の王族の重みなんだ……)
だがすぐに王の口元に柔らかな安堵の色が浮かんだ。
「前線でよくやっていると聞く。レオンハルトを助けた件も、感謝しておる」
エリシアは貴族令嬢らしい丁寧な礼を返した。
「恐れ入ります、陛下。お力になれたこと、光栄に存じます」
王の視線が今度は母に移った。
「奥方のお体は、大丈夫か? 長旅で無理はされなかったか」
母は答えた。
「陛下のご心配、痛み入ります。おかげさまで、何とか」
王は小さく頷き、優しい声で続けた。
「ゆっくり休まれよ。体が資本だ」
その言葉に謁見の間の空気がほんの少しだけ和らいだ。




