第16話
森の道を並んで進む銀色の旗印とレーヴェント家。
エリシアは窓からその景色を眺めながら、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じていた。
――しかし平穏は長く続かなかった。
森の奥。
木々が密集し道が狭くなったところで――
突然枝がザワザワと不自然に揺れる。
馬がヒヒーンと鳴き、馬車が急に止まった。
次の瞬間――周囲から荒くれ者の叫び声。
「金目のものを全部出せ! 貴族ども!」
十数人の野盗が木陰からドッと飛び出し馬車隊を囲む。
汚れた剣が陽光にギラリと光る。
すぐ近く――数メートル先で獣のような目が睨んでくる。
エリシアは息を詰まらせ、馬車の中で体を硬くした。
(野盗……! 訓練じゃなくて本物の……殺し合い……?)
心臓が耳元で鳴り響き、頭の中が真っ白になる。
腰の剣の柄を探す指先が冷たい。
(怖い……死ぬかもしれない。私が誰かを殺すかもしれない……)
だが一行は前線領地の者たちだ。
護衛の兵たちが即座に剣を抜き、陣形を組む。
リリアナが馬上から冷静に弓を構え、矢をヒョウッと放つ。
カイルが「おりゃあ!」と叫びながら炎の魔法を叩き込む。
赤い炎の塊が数人を吹き飛ばす。
レオンハルトは馬車から飛び降り、氷の結晶を展開して野盗たちの機動力を削ぐ。
そしてエリシア――。
父様の過酷な訓練が体に染みついていた。
息が詰まり視界が狭くなる中でも手が勝手に剣の柄を探る。
だが、馬車から飛び降り本物の剣を抜いた瞬間、重みがいつもと違うことに気づいた。
(動かなきゃ……みんなを守らなきゃ……でも怖い……!)
一人の野盗がエリシアに向かって斬りかかってくる。
訓練通りに受け流そうと構えた瞬間――
「エリシア、危ねえ!」
カイルの声が響き、炎の魔法が野盗の横から襲いかかった。
赤い火球が野盗の剣を弾き体勢を崩す。
牽制の隙ができた。
(今……!)
エリシアは反射的に前に出た。
――ザシュッ!
相手の肩から胸元を斬りつける。
剣が肉を裂く鈍い感触。
血がビシャッと飛び散り頰にまでかかる。
「ギャアアアッ!」
野盗の悲鳴が耳に突き刺さる。
相手がドサリと倒れ、地面に血だまりが広がる。
鉄臭い血の匂いが鼻を突く。
胃がキューッと締まり吐き気が込み上げる。
(……人を斬った……本物の命を……)
視界がグラグラ揺れた。
「エリシア様!」
レオンハルトの焦った声が響き、背後から氷の壁が立ち上がって次の野盗の攻撃を防いでくれた。
バシュッ!
リリアナの矢が最後の野盗を仕留めた。
戦いは数分とかからず終わった。
息を荒げながらエリシアは剣を収めた。
血のついた剣先を見つめ指が離せない。
(終わった……でもあの悲鳴が耳に残ってる。血の匂いが……私本当に人を斬ったんだ……)
頭がぼんやりし森の空気が重く感じる。
初めての対人戦――訓練では味わえなかった命の重さと自分の手で傷つけた現実が胸を締めつけた。
吐き気を抑えなんとか立ち続けるのが精一杯だった。
膝がガクッと震え、視界が揺れる。
レオンハルトが駆け寄ってきた。
エリシアの手を握る。
「怪我は……ありませんか?」
エリシアの目が熱くなった。
涙がにじみ、頰を伝いそうになる。
でもその手の温かさが震えを少しずつ止めてくれる。
「……大丈夫です。殿下……ありがとうございます」
言葉が詰まる。
カイルが興奮気味に近づいてきて肩を軽く叩いた。
「ナイス連携だったぜ、エリシア!」
その明るい声に、エリシアは無理に笑みを浮かべたが、胃の奥がまだキューッと締めつけられていた。
リリアナは馬上から静かに降り、エリシアの様子を鋭く見据えた。
「さすがレーヴェント家のご令嬢ですわ。……お辛かったでしょうに」
その声は穏やかで、しかし確かな心配を帯びていた。
リリアナは周囲を見回し、すぐに決断した。
「皆さん、少しここで休憩しましょう。エリシア様を休ませます」




