第15話
その数日後。
朝の訓練を終え、エリシアが部屋に戻って着替えを済ませた頃だった。
屋敷の玄関先に馬車の音が響いた。
マリアが少し急ぎ足で部屋に入ってきて声にわずかな緊張を混ぜて告げた。
「お嬢様、王宮からの使者様がお見えです。公爵様はまだ訓練場からお戻りになっていませんが……公爵様の執務室でお待ちだそうです」
エリシアは胸にざわめきを感じながら急いで廊下を歩いた。
執務室の扉を開けると厳かな制服を着た使者が一人背筋を伸ばして立っていた。
父の執事が隣で控え、使者は深く頭を下げてから漆塗りの箱から取り出した封筒を差し出した。
金色の蝋封に王家の紋章が輝いている。
使者が丁寧に言葉を添えて去った後エリシアは父の机の上で封筒を開封した。
厚手の羊皮紙に流麗な筆致で書かれた文字。
『第七王子レオンハルト・フォン・エルステリア殿下の婚約者候補として、エリシア・フォン・レーヴェント嬢の王立アカデミー入学を命ずる』
――招待状というよりほとんど命令状。
エリシアは息を止めた。
(……父様)
封筒を胸に抱き目を閉じる。
指先がわずかに震えていた。
出発の日。
朝の空気は少し冷たく、屋敷の玄関先には馬車が二台待機していた。
エリシアはマリアに手を引かれながら母を気遣ってゆっくりと歩く。
母は体調を考えて普段より豪華な馬車を選んだ。
装飾は控えめだが車体は重厚で安定感があり、特別に強力な緩衝魔法をかけたものだった。
重量がある分、魔法の効果がより安定して働き道の凹凸をほとんど感じさせない。
前線領地で長旅をする貴族が病人や幼児のために使う特別な馬車だ。
母はすでに座席に腰を下ろし、毛布を膝にかけながら優しい表情を向けてくれた。
顔色はいつもより少し青白い。
エリシアとマリアが同乗し、ふかふかのクッションが体を包む。
マリアが窓のカーテンを整え、母の様子を気遣うように毛布を直してくれる。
エリシアは母の隣に座り小さく手を握った。
「……お母様、大丈夫ですか?」
母は柔らかく表情を和らげて頷いた。
「ええ、心配しないで」
馬車が動き出す頃、外から蹄の音が近づいてきた。
窓から顔を覗かせると、リリアナが騎馬で並走するように付き従っていた。
優雅な騎乗姿勢で、髪が風に軽く揺れている。
リリアナはエリシアに馬上から声をかけてきた。
「エリシア様、ご一緒できて光栄ですわ。道中何なりとお申し付けくださいませ」
エリシアは少し緊張しながらも窓から身を乗り出した。
「ありがとうございます、リリアナ様。お願いします」
馬車が屋敷の門をくぐり進む。
母はすでに目を閉じ静かに寝息を立て始めていた。
エリシアは母の手を握り直した。
馬車が木々の間を抜けていく頃、外の景色が少し開けた。
エリシアは窓からぼんやりと緑のトンネルを眺めながら母の寝息に耳を澄ませていた。
ただ揺れに身を任せていると――前方で別の馬車隊の影が見えた。
銀色の旗印が風に翻り陽光できらめいている。
明らかに高貴な一団。
(あれは……レオンハルト殿下の!)
エリシアは窓に顔を寄せた。
馬車隊が近づくにつれ、その傍らにカイルの姿がはっきり見えてくる。
彼は騎馬で護衛の位置につき、こちらに気づくと大きく手を振ってきた。
「エリシアー!」
元気いっぱいの声が森の空気に響く。
エリシアは窓から手を振り返した。
そして馬車隊の中心から人影が降りてきた。
レオンハルトがこちらの馬車へ近づいてくる。
姿勢は凛として銀の髪が風に軽く揺れている。
馬車が止まる。
レオンハルトが窓の下に立った。
「エリシア様。お母様もご一緒と伺い安心いたしました。私どもがしっかりとお守りします」
エリシアは微笑む。
「ありがとうございます、レオンハルト殿下。お願いします」
「俺も全力で守るぜ!」
カイルが馬上から声を上げ、一行全体が少し笑いに包まれる。
こうして馬車隊は合流しさらに賑やかになった。




