第14話
マリアのノックの音が静かに響き、エリシアはベッドの中で体を起こした。
小さくため息をついてベッドから降りる。
マリアに手伝ってもらいながら着替えを済ませ食堂へと向かった。
長いテーブル――上座に意外な人物がいた。
父ギルベルト。
厳かな表情で羊皮紙を広げ何やら読んでいる。
普段は朝早く訓練場へ出るのに今日は珍しい。
エリシアが席に着き挨拶する。
「おはようございます、父様」
父は顔を上げて軽く頷いた。
「おはよう、エリシア。今日は一緒に食事をしよう」
低い声なのにどこか優しさが滲む。
父の瞳がいつもより柔らかく――まっすぐ自分を見つめている。
朝食が運ばれ二人でスープを啜った。
最初はいつもの沈黙が続いたが、父がふと口を開いた。
「今日はいい天気だ」
「……ええ。窓から見える空がとても青くて」
エリシアが小さく答えると、父はスプーンを置かずに珍しく続けた。
「収穫も上々らしい。穀物の出来が良いと領民たちも少しは安心するだろうな」
「はい……マリアから聞きました。今年は雨がちょうど良かったんですって」
父は小さく頷きわずかに目を細めた。
「ああ。ほっとしたよ」
父がさらに一歩踏み込むように言葉を続けた。
「ヴァイス家からの報告もあった。リリアナ嬢がお前とのお茶会を大変喜んでいたそうだ」
エリシアはスープを口に運ぶ手を止め、父を見上げた。
「……リリアナ様はとても優しくて楽しい時間を過ごせました。他家の令嬢の方々ともたくさんお話ができて……勉強になりました」
父はエリシアの顔を見つめ問いかけた。
「他家の者たちと話すのは気疲れしなかったか?」
エリシアは少し考えてまっすぐに答えた。
「最初は少し緊張しましたが……すぐに慣れました」
父は数瞬黙って娘の顔を見つめていた。
口元がわずかに緩む。
父がふとフォークを置いた。
「……エリシア。王立学園へ行け」
――突然の言葉。
エリシアは固まった。
スプーンがカタッと小さく震える。
「……王立学園ですか?」
声が上ずってしまう。
父は目を上げず淡々と続けるが――指先がわずかにテーブルを叩いていた。
「国境の情勢が芳しくない。戦争が激化する兆しもある。お前を前線近くに置いておくのは……危険だ」
「戦争……ですか」
エリシアは唇を噛み父の顔を窺った。
いつも鋭く遠い場所を見ているような瞳が今は自分の顔をまっすぐ捉えている。
「エレオノーラと一緒に向かえ。マリアも同伴だ。レオンハルト殿下とヴァイス家の者たちも王都へ向かう。道中は安心だろう」
父の声は低くいつも通り落ち着いていた。
でも言葉の端々にほんの少しの揺らぎがあった。
戦鬼と呼ばれる男が娘を戦場から遠ざけようとしている――その想いが伝わってきた。
「……分かりました、父様」
小さくでもはっきりと頷く。
父は一瞬だけ目を細めてスープに手を伸ばした。
まるで何もなかったかのように。




