居酒屋奇譚④「お子様の就職活動」2/3
頻発する危機を、中年男とは思えない(言葉の)ドライブテクニックで潜り抜けた語り手。
果たして、このまま無事にゴールラインを越えられるのか?
は、さておき、舞台は盛り上がりには若干欠ける昼の居酒屋の一角。
コソコソと続くチマチマとしたおかずの奪い合いは、ちょっと微笑ましいですよね。
・・・そうでも無いですか?
居酒屋奇譚④「お子様の就職活動」2/3
「ご心配、ありがとうございます。」と、何とか意味のある言葉を発する事が出来た。
その後は、勢いのままに、質問に答えていった。
確かにアルコールでお腹がチャプチャプ言い始めている事。
アルコールは好きだが、動力源では無い事。
そして、一番大事なことだ・・・。
俺も何皿か注文したモノの、2/3はお子様の胃の腑に収まってしまった事。
注文の横取りについて婉曲的に指摘した瞬間だった。
空気がピンっと張り詰めたのが感じられた。
周囲の酔客たちの喧騒が、遠くに聞こえる。
・・・俺の右足の下で、地雷の音がした・・・カチリッと・・・。
「ほう、ですの。」
お子様の目が、キュウっと細められた。
俺の注文したアユの天ぷらの内の一つを左手でつまんだまま・・・。
ゆっくりと天ぷらを眺めた後、右手でホッピーの入ったジョッキを煽る。
で、俺へ視線を戻す。
・・・特に大きな感情の変化は、表情に表れていない・・・。
つまり、冗談を楽しんではもらえていない・・・って、ことだ・・・。
・・・なんで毎度毎度こんな危ない橋を渡ってんだ。
しかも、無事に渡れても得るものもないって状況で・・・。
俺の頭の中の裁判所で、5分前の下らない冗談を口にした俺への有罪が満場一致で採決された。
罪状は「相席上過失不敬罪」・・・判決は「死刑」・・・刑の執行は、目の前のお子様が代行してくれそうだ・・・。
俺は、再審の可能性を模索して周囲を見渡す。
そんな凍った空気の中、俺の漂う視線は有る現象をとらえて釘付けになった。
お子様の前の玉が小刻みに震えている。
3つの玉が、恐怖に慄くように。・・・。
・・・天啓の様に理屈は分からないが理解した・・・沈黙はヤバい。
何か・・・何か言わなきゃ・・・。
「ええと、ご馳走したいと思って居たんです。ええ、お近づきの印に・・・。」
・・・良いのか?
言い回し、此れであってるのか?
無礼になってない?
・・・ちくしょう、会社のマナー研修・・・有料だったから無視したけど、やっぱり受講しとけばよかった。
でも、大の大人が「テキーラ」とか笑顔で叫ぶのは抵抗あったんだよ。
様々な(限りなくどうでも良い)思いが頭の中を駆け巡る・・・。
・・・一瞬の沈黙。
「ほうほう、ですの。」
お子様は目を見開いた後、徐に頷いてから満足げな笑みを浮かべた。
かけられた言葉を吟味する様に頷きながら、口にする。
「なるほど、なるほど、ですの。奉納されるのは久方ぶりですの。」
口調は変わらないが、何やら上機嫌になったらしいことは分かった。
何が心の琴線に触れたのか、鼻歌を歌いながらアユの天ぷらを平らげて見せた。
如何にも、確かに、大いに満足したと、顔に浮かべて俺の方を見る。
だいぶ柔らかくなった視線は、俺の目線の先を辿って・・・。
「気になりますの?このおもちゃ?ですの。」
ニヤニヤ笑いの形に口を歪め、こちらに問いかけてくる。
おもちゃとは、あの玉の事だろう。
見ると、皿やジョッキなどの陰に隠れようとするかのように、てんでバラバラに転がっている。
お子様は、それを揶揄うように手で通せんぼしたり、割りばしでつついたりしている。
俺は聞いてよい話なのかどうか判断がつかないまま「ええ、自動で動くのですか?珍しいですね」と、言葉にした。
強そうな相手には、つい敬語になってしまうのは、小市民としては本能みたいなものだ。
お子様相手にみっともないとか思いも浮かばない。
とにかく、おつまみ強奪への指摘から話題が逸れるなら、全力で乗っかるべき局面だろう。
お子様は答える。微笑んで、いっそ朗らかにと言っていい調子で。
「自動・・・と言うと語弊がありますの。まあ、ある程度は勝手に動くんですけど・・・ですの。」
と。
そして、重ねて聞いてくる。
ご機嫌で・・・。
でも、俺の内心を探るように・・・。
「これが何だか、察しがついているんじゃないんですの?・・・この子とか・・・。」
人差し指でつついてこちらに転がして寄越したのは、紫金筋。
・・・俺には分かってしまった。
分かっていたことに気づいてしまった。
・・・理屈は分からない。
科学的でも現実的でもない事は理解しているが、コレはそう言うモノなのだ・・・。
つまり、紫金筋の玉は、先ほどの大男の・・・。
俺の顔を覗き込み、瞳に映った理解の光を感知したのだろう。
お子様はニヤニヤ笑いを濃くした。
「さあ、問題ですの。コレなーんだ?ですの。」
・・・視界の端で草臥れた店員が必至のゼスチャーで伝えてくる「核心に触れるな」「何とか誤魔化せ」と。
・・・あいつ、意外と勤勉なんだな・・・。
おそらく、それが正解なんだろう。
俺は、今、理解しなくてよい理に触れようとしている。
たぶん、コレは人の身では近づいてはいけない領域だ・・・。
論理が破綻し、理性が悲鳴を上げている。
これ以上踏み込めば、本当の意味で出口を失う・・・。
通用するかは分からないが、全力で誤魔化しにかかる。
「ビー・・・」・・・「玉」と口にしようとしたタイミングで、お子様が言葉を重ねてくる。
「違いますの。貴方の答えは、本当は、それじゃ無いですの。
・・・誰を謀ろうとしているのかは知らなくても、どういう存在を前にしているのかは分かっているんでしょう?ですの。」
囁くように、でも、逃げ場がない事を獲物に告げるように・・・。
正答を選んで、エライ事態を引き起こすか?
誤答を選んで、酷い事態に巻き込まれるか?
俺の脳裏を、ガタイの良い禿頭でサングラスの黒人大男が、赤と青の薬を示しているシーンが過った。
「さあ、本当の答えをどうぞ。ですの。」
探る様に答えを促すお子様・・・。
まるで、教師のようだ。
すると・・・おれは、ジョバンニか・・・。
現実逃避気味に頭の回転が空転して見せる・・・。
・・・体中から、かつてなかった程の汗が出ている。
と、言う事は、今日はひどく熱いのか?
・・・では、この体の震えは?異常に寒いんじゃないのか?
・・・視界がグニャグニャして来る。思考がグニャグニャして来て・・・。
ドン、と、目の前に生ビールのジョッキが置かれた。
追加した記憶はないが、それに飛びつくように口をつける。
沸騰した意識をジョッキの冷気が冷やしてくれる。
視界もだんだん戻ってきて、テーブルの縁はまっすぐに・丸椅子の座面は円形になって来た。
・・・良かった。俺はココにいる。
生ビールで意識が覚醒(我ながら度し難い性分だ)して、視線を左右に振ると、すぐ横で草臥れた店員が空いた皿を片付けていた。
トレーに積まれたお皿が、カタカタと音を立てている。
草臥れた店員が震えているのが分かる。
お子様は、興を削がれた感じで、先ほどの狂気じみた雰囲気は霧散している。
小さな眉間にしわを寄せて不機嫌さを表現しているが、そこに攻撃性は感じない。
帰宅時間が来たので、花火を取り上げられた子供が拗ねてい見せている様な感じだ。
「まあ、お酒で釣って見せるなんて無粋なやり方ですの。ですが、酔っぱらい相手なら効果的ですの。今回はココまでですの。」
不機嫌ではあるものの、何処かさっぱりしても見える。
おそらく、悪戯が不発に終わったので、次の遊びに意識が切り替わっているのだろう。
「今のは?」
不明瞭な俺の問いに、意外に律儀に答えて来るお子様。
「入れ替わりかかったのですの。」
・・・?入れ替わる?何が?何に?
・・・木で鼻をくくったような返答に混乱しかかった俺を見て、お子様はどこか揶揄する様な調子で続けます。
「人が、形代と、ですの。」
お子様は、小説のネタバレをするように、此方を小ばかにするように、続けます。
話しは、煩わしい相手の対応の仕方について・・・。
「昔は、ただ消してしまえば良かったんですの。」
「神隠し、とか、聞いたことありませんの?」
俺は呆けた様に、ジョッキに残ったビールに口をつける。
冷静に考えると酷く無礼だった気もするが、お子様は気に留めた様子はなかった。
紙芝居屋のように、子供に飴を舐めながら眺められている様な意識なのかも知れない。
何てこともない簡単な手品の種明かしでもしている様な調子だ。
・・・そう、お子様にとっては、大して重要な話でもないのだろう・・・。
「時代が下ってくると、どこそこのだれそれってのがハッキリ記録されるようになりましたの。だから、ただ消すと却って騒ぎになってしまうようになったんですの。」
「だから、此方のモノと其方の者を入れ替えて、辻褄を合わせる事にしたんですの。」
つまみ食いしたイチゴの分、ホイップクリームを足して重量を誤魔化した・・・みたいな気軽さで語ってくれている。
俺は、緊張で回らなくなりつつある舌を必死に動かして聞いた。
日頃は良く回る舌も思考も、まるで当てにならない。
意味ある言葉を発するだけで、精いっぱいだったが・・・。
「入れ替えるったって、そんなに都合よく変えられるものなのか?」
お子様は、最後のアユの天ぷらを口に放り込み、モグモグした。
そして、ビールのジョッキで口の中を潤すと、満足げにため息を一つ。
そして・・・にこやかに、問いに答える。
「ふふふふ。単純に入れ替えてしまったら、直ぐに変わったことがバレてしまいますの。理想は、誰にも・・・そう、入れ替わった本人にも気づかれずに入れ替えてしまう事ですの。・・・ええ、容易な事とは言えませんが、この身にとっては雑作もないこと・・・ですの」
目の前の人物は、得意げに語ってくれやがりだした。
何かしでかしてくれなさりやがったご様子ですね。
人知を超えた非常識事態を、事も無げに実行に移して見せました。
それにしても、草臥れた店員さんはファインプレーでしたね。
皆さんは、こういう配膳ってどう思います?
話の腰を折って、盛り上がりに冷や水を浴びせる感じで嫌い?
盛り上がりはともかく、アルコール供給が最優先な感じは好き?
因みに、私はアルコール優先です。




