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居酒屋奇譚  作者: 秋鑑
6/8

居酒屋奇譚④「お子様の就職活動」1/3

さて、緊迫する世界情勢は、物価などの形で庶民の足元にヒタヒタ影響を及ぼしつつある昨今です。

しかし、まあ、じゃあ何が出来るかって言うと、神に祈るか酒を飲んで忘れるかしかないのが、一般ピーポーの辛い現実ですね。


そんな世間をよそに、何かが上手く行ったみたいで無邪気に上機嫌な存在が居酒屋の一席を占領しているみたいです。

話す内容は不穏ですが、示す態度は微笑ましい・・・かな?


居酒屋奇譚④「お子様の就職活動」1/3


「ふふふふ。単純に入れ替えてしまったら、直ぐに変わったことがバレてしまいますの。理想は、誰にも・・・そう、入れ替わった本人にも気づかれずに入れ替えてしまう事ですの。・・・ええ、容易な事とは言えませんが、この身にとっては雑作もないこと・・・ですの」


目の前の人物は、得意げに語ってくれやがりだした。


俺としては、偶の平日休みに平和に昼呑みできれば良かったんだが、いつもの行きつけが今日は臨時休業だった。

そこからブラブラと好みの店を求めて一駅分歩いたところで見つけた大衆酒場。


有るのは知っていたが、入るのは初めてだった。



入店すると直ぐに、草臥れた店員が疲れた声で問いかけて来た。


「今日は客が多いんで、相席で良いすか?」


・・・見たところ、なるほどカウンター席からテーブル席まで、人でいっぱいだ。間口からの予想よりもかなり奥行きのある店内は、既に酔っぱらいが群れている。

俺は、ココで断って別の店を探しても良かったので、その旨を店員に告げようとした。


まさにその時、お店の一角から怒気を含む一喝が聞こえた。


「話にならん!やはり調伏すべきか!」

そう大声を出しつつ傲然と立ち上がったのは、身の丈2m近い大男だった。

しかし、身長や大声よりも俺の関心を引いたのは、その風体だった。

いわゆるチャイナコート。

しかも紫地に金糸で鳳凰の刺繡(だと思う。偉そうな鳥は全部鳳凰だと思ってしまう)。


その男は、体格に見合った大きな手に備わった太い指で、対面の人物を指して罵っている。

煩く怖いその事態に、俺もあっけにとられてしまう。



その、俺がパラライズしている瞬間にそれは起こった。



指弾を受けている相手が、席も立たずに答えた。

「調伏とは大きく出ましたものですの。まあ、こんな有様では無理な話ですの。」

そう、ボーイソプラノの声が聞こえた。


その次の瞬間・・・大男がグニャリと歪むと何かに巻き取られるように消え失せたのだ。

・・・そして、其の目を疑う光景を目の当たりにして、驚きのあまり二度見した時・・・そこには、件の大男が先ほどと寸分違わぬ姿で立っている。

そして、大男は懐から徐に財布を出すと札を2枚ほど取り出してテーブルに置き「勘定だ」と大声でいうと、直前のいざこざなど無かったかのように退店していった。


・・・状況の整理が出来ない俺を、憐れむような眼で眺めながら草臥れた店員が声を発する。

「良いタイミングだったな。今、席が空いたぞ」と、件の席を指さしながら・・・。



俺は、退店を申し出るタイミングを失って、ボーイソプラノの前に案内されてしまった。

草臥れた店員は、テーブルの上の紙幣2枚を手に取ると、重たげな動作で雑巾がけをして、座れとばかりに顎をしゃくって見せた。

いつもなら、その無礼な態度に悪態の2~3が頭を過るのだが、この時は、からくり人形の様に頷くのがやっとだった。

腰を下ろすというより、腰が椅子の上に落ちた・・・いや、椅子の上で腰が抜けた感じだろうか・・・。


「おや、また相席ですの。商売繁盛で宜しい事ですの。」

対面の人物がボーイソプラノで口にする。


その人物は、一見すると小柄な、作務衣の様な服を着ているが、中学生の様にも見える。

顔は、あの年代特有の、女顔の少年の様にも、ボーイッシュな少女のようにも見える。

当たり前のように酒が配膳されている所を見ると、成人なんだろうが、見るからにお子様な感じを受ける。

お子様は目の前のタッチパネルをこちらに押し付けながら「栃尾揚げプレーンとネギみそを、それと生ビールを、あ、全部一つずつで良いですの」と口にする。


・・・どうやら俺に注文操作をしろと言っているらしい。


「あと、肉っぽいモノを2皿ほどお願いしますの。ああ、肉は好き嫌いは少ないですが、狐の類は困りますの。そうそう、ネギはダメなので抜いてもらってですの。」

・・・ああそうかよ。

抗弁は意味を成さないだろう事を察して、言いなりにタッチパネルを操作する。ネギが嫌なくせに何でねぎみそなんか頼んでんだよ・・・。

のどまで出かかった言葉を、草臥れた店員がタイミングよく差し出した生ビールと一緒に呑み込む。


まだ、俺の注文は出していないのだが・・・と思い至った時、去り際に草臥れた店員が囁く「機嫌を損ねるな。それさえ守れば比較的安全な相席相手だ・・・。何が地雷化は俺には分からんが、上手くやれ」と。


・・・何を言われているのか分からない。ビリーザキッドかハンソロと相席してるのだろうか?

俺は震える手で自分の注文を入力する。

串モノお任せ5本と梅水晶。小鯵の南蛮漬け。


昭和ののん兵衛をイメージした渋めのチョイスだ。

最近は、イワシやサンマで代用している事も多い南蛮漬けだが、俺は断然小鯵を推す。

配膳されてから、サンマの代用品だとわかってガッカリする事も有るのだが、この草臥れた居酒屋ではメニューに小鯵と謳っている。

よもや違うものが出る事は無いだろう。

愚にも憑かない事が心に浮かぶ。我ながら、動揺しているのだろう。



癖で入力してしまった2杯目の生ビールが届く。

慌てて1杯目を飲もうとすると、「おちつけ」と言う意味だろうか、草臥れた店員が俺の肩を軽くたたく。そんな事で落ち蹴るはずもないのだが・・・。


俺の視線は、お子様の手元に転がっている玉に釘付けになっている。

ビー玉よりはずいぶん大きいが、一口に入る程度の大きさのまん丸い玉・・・紫に金の筋が数本入った変わった柄の玉。

同じような玉が全部で3つ。

お子様の手元のテーブルの上に転がっている。


紫に金筋。

白と黒の二色縦割り。

真っ黒に深紅の丸が一つ。


・・・お子様は興味なさげにコロコロコロコロ転がしている。

良く落ちないな・・・。

いや、ヘリまで行ったらテーブルの真ん中に自分で戻って来てないか?

そういう玩具なんだろうか・・・。


「気になりますの?」栃尾揚げのネギみそからネギを分離しながらこちらに問いかけるお子様。

仕訳が終わると、ネギの乗った小皿をこちらに押し付けてくる。

ネギ抜きで提供されなかった事には、不満を示していない・・・。

しかし、当たり前のように嫌いなモノを押し付ける態度はいただけないな。


日頃の一言多い性格が災いした・・・「好き嫌いしてると大きくなれないって、お父さんに言われなかったか?」・・・いつもの調子で口を突いて出たセリフだ。


ちょうど櫛盛と小鯵の南蛮漬けを持ってきた草臥れた店員の動きが止まる。

恐る恐る上目遣いに顔を確認すると、「コイツ正気か!」と言う驚愕の表情を青い顔に浮かべていた。


本能的に逃走経路を視線で探すが・・・。

真後ろは後ろの客がいる。

左側には草臥れた店員。

右は二席置いてカベだ。


・・・出口なし!


・・・ビールを流し込んでいるのに喉が渇くという怪現象を体験しつつ、なんとか口にしたのは「なーんちゃって・・・」と言う一言。


もしも、人間に視線で攻撃する能力が有ったら、迷わず行使してそうな勢いで睨んでくる草臥れた店員。

その視線に気が回せない程のプレッシャーが、目の前の席から漂い出している。


・・・時間が凍結していくのを感じた。


そこで一拍置いて、プレッシャーが人の言葉を紡ぐ。

「生憎と両親からは好き嫌いについて指摘された覚えはないんですの。見ての通りに、なりが小さいので食べられる量も限られますの。だから選んで食す事にしていますの。」と、意外や普通の回答が有った・・・。


「っふ」草臥れた店員の口から溜まっていた緊張を吐き出すような息が漏れる。

お子様が居なかったら躊躇なく同時に殴りかかって来ただろう。

顔を見ずともその光景が目に浮かぶ。


口は禍の元とも言うな。

戸は建てられないかも知れないが、せめてチャックの導入くらいは検討しよう。

俺の中の、行動方針決定議会が全会一致で行動指針を可決した。

・・・今後のキーワードは「沈黙」だ。

俺は、嫌な感じで頭頂部から噴き出した汗を、お手拭きで拭いながら貝になる事決めつつ、相席相手を観察した。



お子様は、恐るべき健啖家だった。

栃尾揚げ二つを瞬く間に平らげると、肉野菜炒め半分とジョッキを一息に呑み込んで見せた。

串焼きも、つくねとネギ間を各二口で胃の腑に収めてホッピーを一杯飲み干す。


さっきのなりが小さい話は何処へ行ったのか?


・・・あと、その串焼きは俺のだ・・・。


追加のレバカツとアジフライも大いに堪能した様で、エンジンも全開と言った風情だ。

前述の二皿と合わせて、俺の南蛮漬けも忽然と消え失せている。


ただ、梅水晶は塩辛過ぎたのか一口舐めると俺の前へ滑らせて寄越し「好きにすると良いのです」とのたまった。


・・・ネギの辛みや梅水晶の塩気みたいな、刺激物が苦手なのか?その割には、南蛮漬けの酢には反応を示さない。

まあ、好みの問題と言われればソコまでなんだが、なんとも嗜好の読めない食べ方だな。


ここまで来ると逆に面白くなってくるものだ。

つい、なりについて突っ込もうとした将にその時、ドンと言う音とともに注文していない生ビールが目の前に置かれた。

草臥れた店員が、かみ殺さんばかりの視線(そういう視線が有るのであれば)で、俺を見ている。

・・・正確には睨んでいる。

前科者認定された俺は、要監視対象としてコイツのリストのトップに記載されたらしい。

そんな些細な攻防などどこ吹く風と、お子様は食い、かつ、飲んでいた。


その上で、偶にこちらに話しかけてくる。


「そんなにビールばかりでおなか一杯にならないんですの?」

「多少は何か食べながら飲んだ方が、肝臓には良いらしいですの。」

「・・・ひょっとしてアルコールで動いているんですの?」


・・・先ほどの時間を凍らせるほどの殺気はどこへやら、愚にも憑かない事を質問してくる。

俺は、支離滅裂な質問にたいして、貝でいる事は危険と判断する。

が、年代が違い過ぎて、どう答えたら良いのか混乱する。

考えが纏まらないまま、沈黙を嫌って言葉をひねり出していた。


偶の休みの気軽な昼呑み。

平日に、周囲の忙しげな様子を横目に居酒屋の暖簾をくぐる。

・・・この罪悪感と背徳感は、筆舌に尽くしがたいモノです。


小鯵の南蛮漬けとアユの天ぷら・・・割と小魚がお好みなのは、出自が関係しているんですかねえ。

因みに、お子様はアユの天ぷらの頭も食べる派です。

皆さんは如何ですか?

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