居酒屋奇譚⑨「お子様の契約交渉」1/4
さて、新章スタートです。
あれやこれやと、ドタバタしているうちに季節は秋ですね。
そう、冬を前に自分の来し方、行く末を鑑みる季節・・・。
実るものの多い時期ですが、厳しい時間の猶予の時節でもあります。
気分もメランコリーになりがちで、感情の変化に自分で右往左往したり・・・。
乙女心と秋の空。
・・・気晴らしには、やっぱり乾杯です。
居酒屋奇譚⑨「お子様の契約交渉」1/4
「なあ、俺は俺だと思うか?」
長年にわたって私の管理する雑居ビルの一階で営業している居酒屋の店長が、私に問う。
短気な男だが義理堅く、年齢を重ねる事である程度自制が出来るようになってきた。
雇われ店長としては、最良とは言えないが十分な能力を持っている。
だから、私も居酒屋を任せているんだが・・・。
年も50を超えて、いくら人生100年時代とは言え折り返し地点はとうに通過している角刈りのおっさんが、同年代のおっさんに問いかける内容だろうか?
「自分探しの心算なら、40年近く手遅れだ。
痴ほうの確認だったら、医者に行け。」
俺が言えるのはこの程度だ。
角刈り店長は、相談相手を間違ったという顔をしながら、続ける。
「そうじゃねえよ。
自分が仕事以外では単なる酔っ払いなのは知ってるし、テレビに出て来た見慣れた歌手の名前が思い出せない時点で軽い痴ほうなのは自覚してる。」
私は答える。
「素晴らしいね。
我思う故に我ありって訳だ。
自分を知ることは、世界を知る第一歩だ。
お前は、今、踏み出したって訳だ・・・。」
たぶん、私はかなり皮肉気な笑顔をしているんだろう・・・しかし、放置も出来ない。
私は言葉を重ねる。
「で、朴念仁のお前が、ビールの納品以上の関心ごととした疑問はなんなんだ?」
角刈り店長は、曖昧な笑みを浮かべながら、曖昧な話を始めた。
要領を得ない話は、複雑怪奇なモノだった。
最初の違和感は、売り上げだったそうだ。
従業員に抜かれて減ってるという話じゃない。
むしろ不自然に増えているらしい(この辺は、角刈り店長に丸投げなので、私には分からない)。
どのくらい増えてるのか?と、問いかけると、その額は驚きの数値だった。
「・・・つまり、店舗がもう一つ営業してても可笑しくない程の売り上げ増って事なのか?」
私の声は上ずっていた。嬉しい悲鳴ってわけでは無い。
原因不明の売り上げ数値の増加は、何らかのトラブルか犯罪の匂いしかしない。
角刈り店長が続けた説明は、更に意味不明なモノだった。
「・・・仕入れも同じくらい増えてる・・・?」
要は、売り上げが倍以上に爆増していて、それに相応しい仕入れも行われているという事だ。
一見、理にかなった普通の状況に見える。
しかし、物事には限度がある。
お客が呑めるビールの限界量は変わらないし、食える料理の量も変わらない。
勿論、お店のキャパは変わらない。
お店に収容できる客数は一定なんだ。
つまり、売り上げと仕入れが倍になってるって事は、順当に考えれば、来店したお客が許容量の倍の量の酒と料理を消費してのけているって訳だ・・・が・・・。
「ウチの店は、いつから大食い大会の会場になったんだ?
それとも、常連さんが軒並み大学運動部の学生に転職したのか?
そもそも、そんな量の注文じゃ厨房が対応できんだろ?
倍のオーダーに対応して見せるとか、うちのバイトは全員アイアンシェフなのか?」
角刈り店長によると、厨房の稼働状況は通常通りだそうだ。
揚げ物用の油の劣化も通常通りだし、生ビールのタンクの交換状況も同様だ。
厨房に残された痕跡からは、通常営業をしていた様子しか窺えない。
ところが、仕入伝票と支払い明細は、どちらも倍以上の商品の動きを記録している。
まるで、見えない店舗が見えない客相手に隣で営業している様な状態だ。
フロアの席数的にも、厨房の調理能力的にも、出勤バイトの配膳能力的にも、この売り上げを支えられる店舗スペックを想定する事は出来ない。
誰かがどこかで代わりのお店を営業して、売り上げを納めてくれてるみたいだ(まあ、仕入はこっち持ちだが)。
角刈り店長が不気味に思っているのは、先月も、先々月も、その前も、ずっと同様の数字を見ていたハズなのに、今月になって初めて違和感を感じたのだという状況だそうだ。
違和感を感じるその瞬間まで、何の疑問も感じることなく事務処理をしていたというのだ。
しかし、一度違和感を嗅ぎつけると、色々と目につくようになった。
店舗の入り口に、いつの間にか置いてあるクマのぬいぐるみ(時々、退色したカーキ色の軍服姿の男が所在無げに交代して立っている事もあるらしい)とか。
店頭を掃除していて、来店したお客と一緒に店内に戻ったら、前を歩いていたはずのお客が店内に見当たらない事があるとか。
そうなると、違和感は加速していく。
ウチのバイトって、こんな奴らだったか?
レジの位置ってココだったか?
暖簾は、いつからこの柄だったか?
・・・人間の手って、こんなだったか?
・・・俺は、いつから店長だったか?
・・・・・・そもそも、俺って俺だったか?
幼少期からの記憶はある。
喧嘩に明け暮れた若い時分の記憶も有る(ついでに、肩に負ったケガもある)。
白眉オーナーの眉が黒々としていた頃に、失業していた俺を店長に招いてくれたって記憶も有る。
日々試行錯誤しながら、お店を営業してきた記憶だって有る。
・・・が、何かが違う・・・。
記憶も過ごした時間の実感も確かにあるのに、何かが嘘くさい。
まるで、誰かの記憶を録画したビデオを見て、大急ぎで作った他人事の記憶を暗記してるみたいな・・・。
肩の傷とその記憶も、なんと言うか・・・有る事になっているから用意されている?・・・みたいな?
「疲れてんだな・・・お前。何言ってんのか全然わかんないぞ。」
私は苦笑いしながら、答えた・・・応えようとした・・・が、ひきつった頬は、笑みの形にはならなかった。
言ってる事は分からない。が、営業数値は異常値を示し、管理責任者は得体のしれない不備を感じ取っている。
ノイローゼと断じて、精神カウンセラーを紹介するのも雇用主の義務と言えるだろうが、それで解決するかについては、我ながら何故か懐疑的だった。
この案件が、わけがわからんが、危機的状況だと認識できた。
「ひい爺さんのころなら、正直者の店主を助けに、気の良い小人が手伝ってるって話でも、説明できたんだろうがなあ・・・」
角刈り店長がぼやく。
「生憎と、今は科学と理性の時代だ・・・日が落ちると酒に溶けちまうような理性だがね・・・。」
私は答えた。
そして続ける。
「うん。ちょっとお店に行ってみるか・・・。お店の当事者だと分からない事が、案外と部外者には見える事も有るかも知れんしな。」
角刈り店長が頭を下げて言う。
「申し訳ない。
俺も、こんな訳の分からん話で煩わせたくはねえんだが、放置するのも気が引ける。
なにより、俺自身の座りが悪くなっちまってて仕事になんねえ。」
私は、居酒屋の運営と腕っぷし以外には何のとりえもないこの角刈り店長の事を気に入っている。
こんなつまらない理由で、居酒屋の運営から外して、ただの腕っぷしだけの男に戻す気はさらさら無かった。
私は早速、その足で自分の管理物件の一つである雑居ビルの一回にある居酒屋へと歩みを進めた・・・。
対処可能な話なら良いんだが・・・ヤクザのマネーロンダリングとか、政治家の裏金隠匿とか、厄介ごとに絡んでない事を祈りつつ。
店の前まで来ると、まだ午前中だというのに暖簾をくぐる客がいる。
一般的な人間なら、タイムカードを打刻して今日一日の予定を確認し、上司部下同僚とちょっとしたミーティングを終えて、さあ仕事にかかろうって時分だ。
その仕事をしているはずの時間に、此れだけ酔いたい人間がいる現実は、それを選択できる自由と場を提供できているという意味では天国に近いかもしれない。
まあ、そんな選択をせざる得ない重圧とこんなところにしか逃げ場が無いという意味では地獄なのかもしれないが・・・。
なるほど、店頭入り口(店舗規模からすると若干手狭な入口だ)には、大きなクマのぬいぐるみが鎮座していた。
ペタンと地面に尻を付けて両足を放り出した姿勢で、体格に比較すると酷く小さな目で往来を睥睨している。
・・・うん、大きいな・・・。
座った姿勢でも、視線の位置は私よりも上にあるみたいだ。
実際に立ち上がったら、優に二メートルを大幅に超えるだろう。
実際のヒグマの実物大なのかも知れない。
まあ、顔はぬいぐるみ仕様で、可愛いと言ってもいい程度には愛嬌があると思った。
圧巻の大きさに目をつぶれば、看板代わりにはなって居そうだ。
ただ、大きすぎて、やや入り口が使いにくい感じになっているのも、愛嬌としておくか・・・。
今は、若い男女がぬいぐるみに話しかけていた。
返答を待っているというより、SNS配信のネタの一つとしてやっている感じに見えた。
赤ぶち眼鏡の女はテンションが高い。
「リテイク熊マークツーは、今日もご機嫌だねー。
何もないのが何よりなんだね。
でも、それって仕事してない感じ?
そうそう、わたし新しい愛称を考えたよ。
リテイク熊マークツー・・・略してリテ熊ツー・・・かっこよくない?」
真っ赤な頭髪に2本の銀メッシュを入れた、気弱そうな男がたしなめている。
「なんで毎度話しかけてんの?
変な人と思われちゃうよ?
・・・まあ、今日は悪口じゃないからまだましか・・・。
そうやって、ぬいぐるみやら電柱やらに絡んで歩くから、犬娘なんて言われちゃうんだよ・・・。」
赤ぶち眼鏡の女・・・犬娘は満面の笑顔で赤髪銀メッシュに振り返って言った。
「電柱に絡んだことなんて、無いわ!
あんま舐めた事言ってると、後悔するよ・・・セコ。
アンタなんて私が習得した42の必殺技を順にかけてやれば、ワンパンなんだから・・・。」
赤髪銀メッシュの男・・・セコが答える。
「42も技をかけてたらワンパンじゃ無いんじゃない?」
犬娘の額に青筋が走る・・・。
「セコ・・・お前は、怒らせちゃいけない相手を怒らせつつあることを認識しろ。
私が寛大だから、今、お前がピンピンしてられるんだ。
私の優しさをもっと認識しろ。
感謝しろ。」
セコは目をそらしつつ答える。
「優しい人は、必殺技を42も他人にお見舞いしないよ・・・。」
ドロップアウトした人に、職を与えて社会復帰させる。
口は悪いが、面倒見の良い、ナイスミドルの登場です。
懐いている部下からの相談に、何のかんの言いながらも対応しようと乗り出しましたね。
さて、いつもは、席に座るところから始まるお子様神社を、素人が外から見るとどんな感じなのか?
・・・あれ?・・・お子様が登場してないな・・・。
サイドメニューに夢中になって、メインがお中に入らなくなることって・・・ありますよね?
私は、卓上に合った古漬けがおいしくてバリバリ食べた結果、届いたラーメンを苦労して詰め込んだ記憶があります。
皆さんには、そう言う破壊力のあるサイドメニューってあります?
えーと・・・まあ、リテイク熊さんもお元気そうだし・・・乾杯ですね。




