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居酒屋奇譚  作者: 秋鑑
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居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」4/5

一人の男の一生を賭し、それでも足りずに留まり続けて贖った物語が終わりをの時を迎えた。

後悔も遺恨も残ってはいたが、それを託す相手を得て、浄化された。


彷徨える男が、最後に見た祖国は、雄々しく復興していた。

未練が無いと言えば、嘘になる・・・しかし、自分の踏ん張りがこの結果の一助になったのだと思えば、呑みこめる・・・呑みこむ。


平凡で、でも誠実で・・・愚かで、でも勇敢だったモノノフの軌跡の終着点・・・。


・・・そんな最期を見たと思った時期がありました・・・。

居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」4/5


「チョット待て!」

私は慌てて声をかけると同時に、髭さんの襟首を掴んだ。

消えかかった髭さんは、引きずり戻されるように元の状態へ・・・。

ビックリしている髭さんに私は告げる・・・。


「取りあえず、喰った分は払って行け・・・。」と。


此方も、ビックリしているお子様を余所に、私は髭さんに告げる。

「アンだけ飲み食いしておいて、光って消えて終わりなんてふざけんな。

割り勘だ。喰った分は払って行け。」


髭さんは、激しく動揺しながらも応えた。

「おお、なるほど・・・確かに、喰ったからには払わねばな・・・。」

しどろもどろに口にしつつ、懐から財布を出した。


・・・なんだ、あるんじゃん。

・・・なら、ちゃっちゃと払ってね。その上なら、成仏でも魔界転生でも何でもして。


私は、差し出された財布を確認した。


・・・なに?このお札?・・・おもちゃ?


布の包みを手に入れて、フリーズしていたお子様が、口を挟んだ。

「それ・・・軍票ですの・・・」


グンピョウ・・・って何?


「通貨発行権の無い軍隊が、占領地域にて独自に発行した代用通貨ですの。」

ふーん・・・ん?通貨発行権が無い軍が発行・・・って、事は、これ、子供銀行券と大差ないんじゃ無い?


「これ、使えないよ?」


と、伝えると、髭さん、かなり動揺し、激高しだした。

「そんな馬鹿な。

天下に隠れも無き帝国陸軍が裏書きした軍票だぞ。

本土であれば換金だってできるはずだ」

とか言いますが、薄々ひょっとしたら使えないかもとかは、思ってたんだろう。

目が泳いでる。


・・・何故か、お子様も心当たりが有るかのように目を泳がせている・・・。


私は質の悪い紙幣を矯めつ眇めつしながら。

「古物商に知り合いもいないから、換金も難しんじゃん?お店の人も困るよ。・・・だいたいさ、額面のけたが3つは足りないよ」

と、伝えた。

令和の物価高騰をなめんなよ。


髭さんは、暫く山と積まれた軍票を眺めながらプルプルしていた。

事情は察するが、かといって払いを免除できるほどの持ち合わせも私には無い。

だから、若干詰問口調になったのは、許して欲しい。

「あんた、食い逃げ?帝国軍人の矜持ってどうなってんの?」

と。


髭さんは、呆然としつつ口をパクパクしていたが、突然意を決する様にがばっと立ち上がりました。


おお!なんだ!やる気か!

・・・そっちがその気なら・・・謝るぞ?

荒事は苦手なうえに、職業軍人と殴り合いとか勘弁だぞ?

確かに私の持つ42の必殺技を順にかませばワンパンで、沈められる・・・訳が無い。

ここは、謝罪の一手だ!


と、こっちも身構える間もあればこそ、それは見事に土下座をして見せます。

もう、絵にかいたような土下座。

流石は武人の端くれ、流れるような土下座です。

「すまん!これ以外は、まったく持ち合わせがない。初対面の間柄ゆえ、不躾なのは百も承知。かならず用立てるのでここは支払いをお願いできまいか」

と。


私は焦った。

余分な金なんか持ってない。

だいたい、いつも支払いはセコの分担なのだ。

そのセコは・・・玉になってテーブルの上だ・・・。


立て替えを依頼中の髭さんと、その依頼に応じられない私がパラライズしていると、横合いからお子様が口を出した・・・。

「まあ、良いですの。ここは、この身が引き受けて差し上げますの。」

珍しいことに、支払いを持ってくれるらしい。

・・・何か・・・ちょっと挙動が怪しい?・・・かな?


「その・・・貨幣価値って結構わかり難い変わり方をしますの。

この身も、まさか巾着にぎっしり詰め込んだ銭が、飲み代一回分にならないなんて思いもよりませんでしたの」

なんか髭さんの現状に共感できる、そう言う経験があるらしい・・・。


私からの疑惑の視線を誤魔化す様に、布の包みを手に取って、それを矯めつ眇めつしつつ、お子様は髭さんに問う。


「この上官殿は、なんてお名前なんですの?」

髭さんは、応える。

「おお、縁者を探してもらうにも、お名前をお伝えするのを失念しておりました。

自分の尊敬する上官殿は、シンドウ閣下と申します。」


お子様が嬉しそうに笑う。

「なるほど、やはりこの匂いは先々代だったんですの。」

と。


私も髭さんも驚いた。


髭さんは、朗々と唱え始めた。

「『帰れなくなったことは、誠に残念な事です。

しかしながら、自分はこの戦場にて誰に恥じる事無く誇れる戦いを見せました。

家人には、誉れ有りと心に刻み、健やかにありますことを願ってやみません。

我が死を悲しまず、笑顔で毎日を過ごされますよう』

・・・シンドウ閣下よりの伝言であります。

お身内の方に直にお伝えできるとは、望外の幸運であります。」


髭さんは続けます。

「自分は、敬愛するシンドウ閣下を手負いのまま敵地に放置して逃亡した卑怯者であります。

あげくに、おめおめと自分のみ帰国した臆病な逃亡者でもあります。」


髭さんは嗚咽交じりに締めくくります。

「シンドウ閣下が帰還かなわなかった原因は自分であります。

どうぞ、ご処断ください。」


お子様は、聞き終わると布の包みを解いて中身をだした。

中からは、真っ黒で短い木の枝のようなモノが出てきた。

其れを眺めたお子様は、おもむろにそれを・・・口に入れて飲み干した・・・。


え?食べて良いものなの?


髭さんも、あっけにとられている。

その髭さんに、お子様は告げた。

「守るべき血を、再びこの身にもたらしたことに感謝するんですの。」

「ただ、先々代のことは、もはやこの身が全て引き受けますので、もう貴方は責任から解き放たれたんですの・・・。」


髭さんが感動して居るみたい。

「自分は・・・自分は・・・任務を無事に果たせたという事でありますか?」

お子様は頷きます。


・・・その表情は、見ようによっては慈悲深くも見えなくも・・・



そして、おかしな事を言い始めます。

「先々代も、戦場でのことは特に気にしていなかったですの。

何人か部下を残してきたかも知れないけど、上手くやってるかなあって言ってましたの。」


・・・ん?

まるで生きているシンドウさんから直接話を聞いたみたいな口ぶりだ・・・よね?


髭さんも不審げな表情を浮かべる。



続いてお子様が告げたのは、まあまあ衝撃的な情報だった。


「先々代・・・戦後、少ししたら帰ってきましたの・・・。」


「え?」「え?」私と髭さんの声が重なる・・・。



話の概略はこんな感じだった。


先々代さんは、確かに片腕失ってジャングルに放置された。

しかし、直ぐに現地人に発見されたらしい。


もちろん、キチンとした治療は受けられなかったが、彼らのまじないが効いたのか、提供された食事で体力が戻ったのか、先々代さん・・・回復したとのこと。

もちろん、腕は生えてこなかったが、程なく元気になったのだそうだ・・・。


で、初代さんによく似た性格だった先々代さんは、

「直ぐの帰国がかなわないなら、しばらくジャングル生活を楽しもう」

と、現地生活に馴染んでいったらしい。


その朗らかな性格と楽観的な態度は、現地人からも好意的に受け取られ、仲良くやっていたんだそうだ。

で、終戦したことも知らずにジャングル生活をエンジョイ(鰐捕って喰ったり、オオトカゲ捕って喰ったり、七色の鳥捕って喰ったり・・・)していた。

で、そんな生活してたら、現地人ネットワークで、面白い帝国軍人が居る村があると喧伝され、それが米軍にも知れた・・・と。


終戦直後であれば、荒んだ心のままに処刑されたりもしたかも知れないが、戦争が終わって数年が経過していた。

米軍側も、何が何でも殺すって感じでも無く、せっかく生きてたんだし日本に返してやれば?

ってなったらしい。


で、その後も、なんやかんやあって先々代さんは腕以外は無事に帰国を果たしたのだそうだ。


お子様も、眷属も、家族たちも、かえって健康的に太って帰ってきた先々代さんに、嬉しいやら呆れるやら・・・。

その後は、農地解放で多くの資産を失った実家を、造り酒屋で再建し、それなりに楽しんで大往生したそうだ。


ただ、最期に心残りだったのか、時々「現地に残した部下」のことを口にしたとの事。

まあ、挨拶に来ないだけで、上手く帰国はしてると思っていたみたいだった。


とのことだった。




髭さん・・・埴輪みたいな表情になってる。

「では・・・陣地を守り続けた自分の年月は・・・。」


お子様は、気まずそうに言う。

「あまり、意味なかったみたい・・・ですの。」



私は口を挟んだ。

「え?じゃあ、帰国したって事は、あの埋蔵金の話は?」


お子様は、歯切れ悪く応えた。

「たぶん、この方に自分を置いて速やかに撤退させるために作った・・・その・・・嘘・・・ですの?

だいたい、秘密文書の封筒の表書きに、デカデカと特秘とか書いたら、秘密文書ってバレバレですの。

だいたい、埋蔵金なんて、与太話の代表みたいなモノですの。」


オカルトの代表みたいな存在に、与太話って笑われた!



私は混乱した。

数分前の感動を返せ!


髭さんも混乱してる。

自分は何をしていたのだ!


お子様は、珍しく困っている。

そんなことは知りませんですの。



場に漂う微妙な空気・・・。



「ま、まあ、折角ここに来たのだし、もう少し美味しいモノでも食べると良いですの。支払いはこの身が持ちますの」

お子様が、取りなすように提案してきた。



その後、髭さんと私が、記憶がグラグラするほど痛飲した事は言うまでも無い・・・。

いつもは頼まない生ビールの大ジョッキ(片手で持とうとしたら、手首からメキャって音がした)の乾杯から仕切り直して、焼酎を数杯、国産のナントカ言うウィスキーをロックのツーフィンガーで飲み干した後、濃いめのホッピーで一息ついた。

そして・・・ナントカ言う日本酒の一升瓶の封が切られ、そのラベルの端にシンドウ酒造の文字を見たところまでは覚えている・・・。


酒の当てに追加したチーズと生ハムの盛り合わせは、一口も口にする間も無くお皿だけとなったのを横目に馬刺しを確保。

アン肝を齧りながら、コップに注がれた日本酒を飲み干した視界の端に、楽しそうに手酌で日本酒の一升瓶からコップを満たして、嬉しそうに呑み干しているお子様が見えた・・・。


「まあ、なんにせよ、先々代さんの縁者なれば保護するのはやぶさかではありませんの。」

・・・変な言葉が聞こえた気がした・・・。


幽霊って掴めるんですね。

髭さんを無理やり引き戻した結果、犬娘までダメージを受けるほどの真実が降臨しました。


先々代さん・・・悪い人じゃなかったのは間違いないです。

ただ、迷惑な人だったのも事実かな。


まあ、憂も憂いも杯の酒に溶かして飲み干せば、余はすべて事もなしです。

嫌なことまで溶かし込める酒って偉大なものですね。

・・・なんだかんだ腹に飲み込んで我慢するのが大人ってものです。


盛大な酒盛りだったみたいですが、一升瓶は中々ですね。

皆さんは、どんだけ飲んだか自慢はありますか?

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