居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」3/5
気持ちよく酔っぱらうためには、まずは、目の前の問題を解決すべき。
お子様による、髭さんへの尋問が始まる感じです。
まあ、取り敢えずつまみも齧ることが出来たし、声のトーンほどは怒って無いんですけど・・・。
ただ、やや高圧的なお子様の言動に、髭さんの何かのスイッチが入ったみたいな・・・。
居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」3/5
若干、低めに出てきたお子様の声に、やっと状況が呑み込めたらしい髭さん。
ちょっと硬直した後、ジョッキを一気に飲み干して意を決したように話し出した。
口調も態度も一変した。
勢いよく立ち上がり、直立不動の姿勢をとると、お子様に向かって敬礼しながら、活舌良く発言した。
まるで、上官に任務報告をする兵隊の様で、かっこいいが、場違いな事この上ない。
「自分は、不甲斐ない帰還者であるとともに、卑劣な逃亡者でもあります。」
その告白に(声量に?)、お子様は珍しく目を丸くしている。
髭さんの報告は続く。
「陛下よりお預かりした兵を無駄に死なせ、作戦も果たせず、挙句に自分だけ帰還・・・自分は・・・」
男泣きである・・・。
お子様は、マジマジを髭さんを眺めてから、座るように促しつつ、熱燗を煽ります。
毒気を抜かれるとは言われるけど、なるほど、お子様からは苛立ちが抜けて見える。
いきなりの大音声にびっくりしたのかも知れない。
髭さんは、一旦躊躇したモノのお子様を見下ろしている事も気が引ける様子で、素直に着席した。
お子様は確認する様に質問を口にした。
「で、贖罪の為に告白に来たわけですの?
許しが欲しいなら、教会にでもお出でになれば?
この身は、別にメシアの使いとかではありませんの。」
・・・結構、辛辣なアドバイスだね。
でも、あまり感情を悪くしている感じはない。
ただ、担当範囲外の陳情を持ち込まれた窓口みたいな、「それは、ココで言われても・・・」みたいな感情が見え隠れしてる。
髭さんは、少し落ち着いたらしく、若干声音を落としながら申告する。
「自分は、任務の失敗と部下への責任に関して、其れを回避する意図はありません。
ただ、処断されるにしても、その前に託されたモノを適正な相手へ引き渡したく考えているのみであります。」
おお、軍人っぽい。
何か、昔見た映画の帝国軍人がこんな話し方してたな。
お子様は、厳かっぽい目つきをしつつ、私に告げます。
「熱燗を追加ですの。
・・・あと、軟骨揚げ・・・ああ、季節の天ぷらも・・・ですの」
ココで注文?
・・・お子様は平常運転です。
皿に残ったシメサバを2~3切れ一気に頬張ると、おちょこの中身をぐっと飲み干す。
酢の味のモノを日本酒で流し込む・・・美味しいよね?
・・・でもさ、そのシメサバ・・・私のだよ?
場が落ち着いたのを察したのか、髭さんは続けて語り出した。
酔いも回ったのか、情報をぼかすのも忘れて・・・。
朗々と・・・でも、淡々と・・・。
当時の様子を懐かし気に説明する髭さん。
日常生活から、ヒタヒタと息苦しさを増してくる社会情勢について語る髭さん。
日を追うごとに活気を失っていく街角。
静かになっていく路地。
これだけは勇ましいラジオからの戦況報告。
でも、戦果が上がれば上がるほど、街路からは男が消えていく。
溢れる不満を、でも、表明することをはばかられる窒息するような空気。
死地より帰還した死者を万歳で迎え・・・死地へと出発する生者を万歳で送る・・・。
・・・元来、人の営みとは、誕生した者を常世へ喜びで迎え、死亡した者を感謝で常世より送るものではなかったか?
アベコベだ・・・ああ、アベコベだ・・・。
ああ・・・アベコベだから息苦しいのか・・・。
そんな、髭さんの日常の感想を交えた独白だった。
そして、内容は、髭さんの体験記っぽい様相を呈し始めた。
祖国防衛と、郷土の安寧の為に、万感の思いを胸に南方へと旅立った髭さん。
到着時点で、どうも、海軍さんの方で大負けしたらしく、早々に外地で孤立気味になった髭さんと髭さん部隊。
補給物資が激減していく様から、海上輸送路が寸断されつつあることを理解し始めた髭さん。
そして・・・音信を途絶していく周辺の友軍部隊の様子から、戦況の悪化を確信した髭さん。
戦況の悪化にともなって、髭さんの部隊の状況までドンドン悪くなっていったのだそうだ。
結局、髭さんとその上官は戦線維持を断念し、帝国軍勢力下へと撤退を決断・・・しかし、既に其れが許される期限は超過していたようだ。
敵軍に補足される髭さん部隊。
敵軍に包囲される髭さん部隊。
敵軍の物量にモノを言わせる猛攻を受ける髭さん部隊。
そして・・・髭さん部隊は壊滅したとのこと。
残っていた部下も散り散りとなり、装備品の殆どを失い・・・何よりも、上官が負傷して動かせなくなったそうだ。
髭さん部隊の残党は、負傷した上官を守るべく様々な対処を実行。
まずは、残存兵力を更に割って、後方部隊へと(望み薄なのは承知の上で)救援要請の兵を派遣した。
その上で、自分たちは周辺に陣地を構築し、持久戦に備えたとのこと。
陣地は所謂「蛸壺陣地」だったそうだ。
そうして、敵軍の来襲に備えたが、上官の病状は更に悪化して、手の施しようがない状態に・・・。
事ここに至って、上官からは撤退命令が出たのだそうだ。
つまり・・・自分をおいていけ・・・と。
髭さんは最初は拒否したが、ココで上官から二つのモノを託された・・・。
髭さんが、懐から封筒と手のひら大に畳まれた布の包みを取り出す。
それに引っかかって、もう一枚、地図のようなモノが、床に落ちる。
髭さんは慌てて其れを拾いつつ、封筒と布の包みをテーブルに置く。
・・・お子様の小さな鼻がピクリと動き、布の包みに視線を向けた。
珍しく、目を見開いて止まっている。
そんな様子には気がつかないのか、髭さんは封筒を示しつつ話し出した。
「これは、上官殿を置いて撤退する際に、上官殿よりお預かりしたモノであります。」
墨痕鮮やか・・・だったんだろう筆致で「特秘」と表書きされた封筒・・・。
一見、ただの茶封筒にも見えるが、得てして機密文書ってのはこんなものなのかも知れない・・・のかな?
その説明はこんなものだった。
髭さん方面軍総司令官だった元帥さんの意向で、現地で挑発された資源や財貨物・・・その目録と隠匿場所の書かれた極秘文書だそうだ。
元帥さんは、ある時期から、もう帝国に勝ち目が無いことを悟っていたらしい。
で、恐らく、敗戦後には戦後賠償含めて莫大な負債を祖国が負うだろうことも・・・。
結果、国体が維持できず、日本国が分解される可能性を考えたとき、元帥さんは思ったそうだ。
この財貨は、今この戦争で無駄に消費して良いモノでは無い。
何れ訪れる国家再建の際に十全に生かすべきモノである・・・と。
つまり、戦費として集めた諸々を、後の世代に託すことにして、いったん隠す決断をしたのだ。
その作戦の詳細が書かれた、超重要な文章なんだそうだ。
・・・髭さんの上官殿が、何処で其れを入手したのかは分からない。
しかし、別離の夜に髭さんに託しつつ、国家再建をくれぐれも頼む・・・と、口にしたのだそうだ。
この話・・・たぶん、山下財宝の話だ。
結構、ガセネタの多い与太話なのだが、南方にいた当の本人が持ってきたのだから、本当なのかな?
さっきの地図っぽいモノとか・・・期待しちゃうよね。
しかし、割とワクワクする内容だったが、お子様は関心を示さない。
髭さんは、布の包みを示しながら、そちらの説明を始める。
「此方は、上官殿の形見であります・・・。」
開いては見せなかったが、上官殿さんの爆散した片腕の一部(指とかかな?)の回収できた部分だけ包んであるそうだ。
「私は帰国かなわぬ身となり、ココで護国の鬼となる。
祖国防衛の一助となる所存であり、恐れも後悔もない。
しかしながら、帰還を約して残してきた家人には、大変申し訳ないことである。
せめて、遺品として持ち帰り、縁者に託して欲しい」
と。
髭さんが高らかに告げます。
「敬愛する上官殿、最期のお言葉であります。
そして、此方が上官殿の遺品となります。」
話し終わると、流れるようなしなやかさで敬礼してみせる。
髭さんが、続ける。
「自分は、帰国さえ果たせれば、上官殿の遺言を果たせると信じておりました。」
・・・しかし、運命は髭さんたちを見逃しはしなかった・・・。
なんとか後方の帝国軍勢力下へは辿り着いたものの、そこからの撤退は果たせず・・・。
髭さんたちは、迫り来る敵を得意の蛸壺陣地で迎え撃ち・・・。
雲霞の如く地を埋め尽くし押し寄せる軍勢と、空を覆いつくす勢いの敵砲弾の雨を前に堂々の防御戦を雄々しく開始した。
・・・以来、ずっと髭さんは陣地と封筒と遺品を守護しながら、帰還の時を待っていたのだそうだ・・・。
「そして、このたび、縁あって帰国がかなったゆえ、上官殿の遺言を果たすべく、邁進している次第であります。」
・・・が、久しぶりの故国は、出征時とは随分変わっていて、髭さんは迷子に・・・。
で、何か知らんけど、この居酒屋に辿り着いたのだそうだ。
髭さんは言う。
「もはや、自分では、適当な引き渡し先を探すこともままならず・・・。
出来れば、力ある方へお預けしたく持参いたしました。」
とのことだった。
お子様は、目をまん丸にして、包みを見ながら、口にする。
「・・・つまり、この身に託したいと言う事で、よろしいんですの?」
髭さんは答えます。
「そうご理解いただいて、よろしくあります。」
お子様は鷹揚に頷きます。
「では、この身の存在にかけて、これらをお預かりしますの・・・あなたの祖国を思う心とともに・・・。」
髭さんが、答えます。滂沱の涙を流しながら・・・。
「帰国の暁には、粉骨砕身、この身がすり切れようとも果たしてみせると誓った遺言を、他者に預けるなどと忸怩たる思いもありますが、自分にはここら辺りが限界のようであります。」
流浪の果ての慚愧の念と、諦念の言葉・・・。
「その折に、託せる方と巡り会い、かつ、後事を託せることを有り難く・・・。」
任務継続への期待と、責任を解かれたことに対する解放感・・・。
髭さんの姿が、少しぶれて見えます。
「祖国の発展も、この目で見ることが出来・・・。」
髭さんが、少しずつ薄くなっていきます・・・。
「自分が・・・自分たちが、守らんとしたモノが・・・続いていること・・・。」
髭さんが・・・ひかりにつつまれて・・・。
「この国が、次代へと継承されたこと・・・誠に有り難く・・・。」
髭さん・・・光の粒子となって・・・。
「・・・ありがとう・・・。」
消えて・・・。
そんな時代がありました。
・・・学校の先生は、教科書片手に他人ごとに語ります。
そんな状況でありました。
・・・偉そうな学者さんは、実験結果の様に解説します。
無能ではないけど、平凡な一人の男には如何ともし難い流れがあって・・・
彼は、その中でも誠実であり続けたみたいです。
終わらぬ悪夢のその果てに、叶わぬ勝利と知りながら・・・帰れぬ祖国に思いをはせて・・・
折角の帰国なのですから、せいぜい美味しいものを腹いっぱい食べて、旨い酒をたらふく飲めばいいのです。
名も無き、平凡で誠実な男に献杯です。
・・・3/5?・・・ま、まあ、アレです。
取り敢えず、献杯。




