居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」2/5
頼りになる巫女の来訪に、やっと酒宴を開始できると安堵のお子様です。
・・・珍しく我慢を強いられて若干機嫌が悪いみたいですね。
注文一つ満足にできない木偶の坊は、何でこの身の目の前に座っているんですの。
とか、思ってそうです。
まあ、タッチパネル使えないのはお子様もですけどね。
・・・細かいことは置いといて、仕切り直しに、まずは一杯。
居酒屋奇譚⑧「お子様の人生相談」2/5
タッチパネルには、髭さんの苦闘の履歴が残っていた・・・。
アジフライ三皿、生ビール15杯、イカの塩辛・・・1個小隊分・・・etc.。
何と戦うつもりなのかは知らないが、塩分だけなら向こう1年間の継戦能力が保証できるだけの量を確保していた。
まあ、一回の呑みの席としては、過剰戦力にも程がある。
バランスを欠いた戦力投入が如何いった結果を招くのかは、過去の戦訓が証明している。
私の脳内の作戦参謀本部は、全会一致でこのオーダーを却下・凍結する事を決定した。
上告無、弁護人無の欠席裁判は、法曹史上まれに見る汚点となる事を甘受しつつの苦渋の決断だ。
私は早速、入力されていた全てのオーダーをキャンセルし、お子様の注文を入力した・・・。
髭さんには、生ビールと、そんなに好きならと、イカの塩辛も再度オーダーしてあげた。
感謝しろよ。
無事注文が通り、料理が到着すると、お子様はご機嫌で栃尾揚げにかぶりつく。
・・・いつもの、取り澄ました態度とのギャップはすごいが、幼げな容姿には似合って見えた。
その横で髭さんは、キンキンに冷えたビールのジョッキを眩しそうに掲げた後、一気にあおる。
・・・そして、輝かんばかりの笑顔で飲み干して見せた。
お子様と比べても遜色のない飲みっぷりだ。
・・・そして、ほざきやがった。
「うむ。塩辛には合わんな・・・。」
と・・・。
・・・・・・この野郎!
タッチパネルも操作できない原始人の分際で!
・・・と、私は怒りのあまりセコに向けた視線の126倍の攻撃力を載せて髭さんを睨んだ。
・・・まあ、基本攻撃力がゼロなので、126倍してもゼロなんだが・・・。
私に眼光による殺傷能力が装備されていなかった事は僥倖だったな。
しかし、次は無いぞ・・・。
「その、全周囲攻撃態勢・・・やめた方が良いよ・・・。何にでも吠え掛かる犬じゃないんだから・・・。」
と、セコの忠告が頭を掠めるが、気にしない。
私のガン睨みに気が付いたのか、髭さんはちょっと焦った様子で口にする。
「まあ、これはこれで良いモノですな。・・・もう一杯、所望する。」と。
悪びれもせずにお代りを要求してきやがった。
・・・ほう、つまり、私にタッチパネルを操作しろと・・・お前の為に?
私が再び剣呑な目つきで髭さんをねめつけて居ると、お子様から追加注文があった。
私はしおらしく操作する。
カマンベールチーズ揚げ、コマイの一夜干し、なすの煮びたし・・・大分ひもじい思いをしていたのか、目についたものを無差別に注文してるみたい・・・。
オーダーには無かったが、どうせ欲しがるだろう・・・私は、カリカリ目刺も加えておいた・・・。
ついでに髭さんの分も注文を入れる。
私の眼光を察して捨てられた子犬みたいな目でこっちを見ているから・・・。
髭もじゃおやじの潤んだ眼差しなんて、可愛くないんだよ。
ちゃっちゃと入力して、送信・・・あ・・・。
・・・同じタッチパネルだけど、後で割り勘すればいいよね?
そうこうしている内に、定期報告会が始まった・・・。
あれ?今日は良いんじゃなかったか?
・・・と、心の内を疑問が走ったが、お子様に対して異議申し立てをする度胸は無い。
私は、前述の行方不明幽霊の捜索をする幽霊軍団の話と、その他、いくつか現在掲載を進めているネタについて話した。
次いで、お子様関連情報の広報についてもそれとなく継続掲載していることを伝えた。
何の先入観もない人間には単なる与太話だが、何らかの感知能力(感受性とか、そーゆーの)があると、現場を確認したくなるような塩梅の記事を、怪しまれる一歩手前の頻度で掲載している事を伝えた。
お子様は、別に自分をご祭神に据えた新興宗教を作りたがって居る訳では無い。
具体的な目的は不明だが、私の勘がそう告げている。
つまり、素性不明の有象無象を大量動員できたとしても、意味が無いのだ。
分かる人には分かる・・・その中でも、本物が分かる人は確認行動に移らずにはいられない・・・そんな程度の記事であることが重要なのだ。
・・・まあ、その辺のさじ加減はセコに一任しているんだが・・・。
案の定、お子様は機嫌よく話を聞いている。
自分の情報が拡散されることを喜んでいるのは勿論、様々な与太話を聞くのも大好きなのだ。
「で、その幽霊軍団と遺骨収集には、どの様な関わりがありますの?」
お子様が楽し気に目を細めて聞いてくる。
私は自信満々に答えた・・・かったが・・・。
「まだわかりません。日程は近く、関連は高いと思うんすよ。」
お子様の目が、忽ち胡乱気になる。
「根拠は?・・・ですの」
私の声が小さくなっていくのが、自覚できる。
「その・・・勘です。・・・私の・・・。」
どんどんと落ちていく私のテンション・・・。
お叱りの言葉を頂戴することを予想して、若干ビビりつつお子様の顔をチラリと覗く・・・と。
何故か、突然、お子様は、感心した様子を見せ始める。
「千里眼・・・狩人さんの勘ですの?・・・無視できませんの。」
その後、いくつかアドバイス(?)を貰った。
軍団の目的は?
・・・仲間の回収もしくは増員を意図した拉致?
トリガーたり得た理由は?
・・・元々、軍団の構成員で離反した?
軍団が望む何か(宝物とか情報とか)を持っていた?
この辺りは、回収された遺骨が誰なのかが分かると、推測も可能かも・・・。
などなど。
なにやら、ちょっとした名探偵気取りで語ってくれた。
「情報の更新を期待してますの」
今回の定期報告は、上手くいったらしい。
データベース(セコ)が欠けているにしては、上々の出来だった。
一仕事終わった後のビール美味しい。
自分が無事な場合は特にだ・・・。
聖ビールの微笑みが、一般よりもやや低い草臥れた居酒屋の天井をバックに浮かんでいた。
私の報告(与太話?雑談?)が一段落すると、お子様は視線を髭さんに向ける。
髭さんは無邪気に焼きビーフンを啜っていたが、お子様の視線に気が付くと居住まいを正し、一言言った。
「なんで、ありますか?」
と。
いっそ、威風堂々と言ってもいい声の張りだったが、言ってる内容は空っぽだった。
・・・あんた・・・馬鹿だろ?
お子様は、徐に質問した。
「で、貴方はなんなんですの?」
と。
髭さんは答えた。
「自分は故あって南方にて任務に就いていたものであります。
この度、縁あって故国へと帰還が叶いましたものであります。」
と。
お子様の胡乱気な目が語っている。
言葉で発されていないのに、細部まで伝わって来た。
つまり・・・。
「お前が何者か?では無く、何故ここに居るのかを聞いている。」
と。
髭さんは、特に動じた様子は無い。
・・・多分、視線の意味が伝わっていないのだ。
私は、翻訳する事にした。
「あんた、何の用があってこの場に来たのさ?」
と。
と、そこで気が付く。
どうして、あの草臥れた店員は、こんな素性不明の浮浪者みたいなのをココへ取り次いだんだろう・・・。
そこに、何らかの意図があるのではないか・・・と。
アイツは、私とは違う意味で鼻が利く。
事、お子様に関しては、その意に反する行動は先ずやらない。
なら、コイツがココに居るのは、お子様にとって何かプラスになる要因があるって事なんだろう。
・・・まあ、皆目わからんけど・・・。
かくして、タッチパネルも使えない原始人こと髭さんの取り調べが開始された。
誠実な態度を望んだが、髭さんは露骨に(本人は巧妙な心算のようだったが)しらばっくれていた。
髭さんは、当初は必要以上の情報提供を避けるためか、非常に堅苦しい話し方で、しかも、話の内容は当たり障りのない世間話みたいな感じだった。
しかし、目の前でお子様がクピクピとジョッキを重ね(いや、ジョッキは重ならないか・・・並べる?)るのに煽られてか、応じる様に酒杯を空けていくと、だんだんと視線が回りだした。
そして、視線の回転に同調する様に、口も舌も回りだす。
・・・この手の居酒屋で、単に隣り合わせただけの他人の素性について、問うは無作法、語るは無用、浮かんだ疑問はビールと一緒に呑み込んで見せるのが大人の態度なのは知っている。
しかし、当人が語りだしたのを止めるのもまた無粋ではないか?
・・・何より、私の鼻は嗅ぎつけてしまった・・・この人の話は、聞くに値する。と。
・・・そして・・・なにより・・・面白そう!
髭さんは、元々、国家レベルの大事業の一端を担うべく、南方へ配属された団体の一員であったそうだ。
回りくどい言い方をしているのは、ところどころグンキに抵触する可能性があるので、ワザとぼかしているのだそうだ。
まあ、テレビで映りこんだ一般人の顔にモザイクかける様なものかな?
はて、グンキって何だろう・・・。
事業は早々に暗礁へ乗り上げ、状況は日々刻々と悪化していったとの事。
それに伴い、配属当初は結構な数いた同僚も、目に見えて減らされて、気が付いた時には通常業務すらままならない有様と成り果てたそうだ。
その上、自分まで帰ってきてしまい、残った仲間には非常に申し訳ないと感じている事。などなど。
ポッピーに変更してからすら3杯を瞬く間に飲み干しつつ話している。
・・・なんか、その合間合間にお子様をチラチラ窺っている様子がきになるな・・・。
反応を窺うって言うより、力量を見ている様な・・・。
エビフライ、トンカツ、たこ焼き、来れば来るだけ食べてしまう髭さん。
・・・コイツ、ただソースが食べたいだけだね?
じゃあ、ソース焼きそばでどう?
・・・髭さん大喜び。
似たものを、南方に移動する前に食べたことがあったらしく、ソース焼きそばは、かなりの気に入り様だ。
一応、二皿頼んだ焼きそばは瞬く間に消滅し、増援の一皿も私が目視した時には空皿だった・・・。
お子様と競うように料理を口にする髭さんは、途中から装う事も忘れてしまったみたい。
塹壕で生米を齧って飢えをしのいだとか、
上空を通過していく友軍機を羨ましく見送ったとか、
司令部から指令が来なくなって途方に暮れたとか、
敵機の機関砲を被弾した指揮官の片腕がはじけ飛んで驚いたとか・・・。
「想像していただきたい。
我々歩兵は、たとえ1㎞でも地面を這いずっていかなければいけません。
しかるに、あの航空機は100㎞すら一瞬であります。
まったく、羨ましい限りでありました・・・。」
リアルな心情を吐露した内容を聞いている私のジョッキの向こうを、幻の戦闘機が飛び去って逝った。
丸っこいカウルのレシプロ機・・・ゼロ戦ってヤツだろうか・・・。
貴重かも知れないけれど、私の記事には使えないエピソードを延々と話し続ける髭さん。
お子様は、黙って熱燗片手に耳を傾けていたが、しびれを切らしたように、口を開いた。
「で、貴方はなんなんですの?」
と、再び問いかける。
酔いの力も手伝って、自分語りに入った髭さん。
年寄りの思い出話って長いんですよね・・・。
やや、やんちゃなお子様には耐え難いみたいです。
・・・ん?年齢だけなら、お子様の方が上・・・ゲフンゲフン
さあ、長話も退屈も、全部まとめて酒に溶かして吞み干して、腹に収めれば万事OKってなもんです。
ついでに記憶も溶かし込んじゃえば、繰り返されるお話も常に新しく聞こえるってな感じで・・・ダメ?
でもさ、おっさんって酒が入ると語りたくなるもんなんだよね・・・。
まあ、語った端から酒と一緒に飲み込んで、また語る・・・だから、同じ話になるんだね・・・度し難い。
・・・なら、度し難さも酒に溶かしちゃいましょ。
さあ、乾杯。




