居酒屋奇譚⑦「お子様の復職依頼」5/5
切れた契約の条件交渉・・・上手くいくわけありませんよね。
ちょっと、不穏な雰囲気で最終判決の時です。
・・・まあ、傍観者は気楽に一杯と・・・。
居酒屋奇譚⑦「お子様の復職依頼」5/5
「平たく言えば、それは、交渉材料足り得ませんの。・・・特に、タコの糸を自ら切る様な手合いの信仰など・・・。」
お子様の雰囲気が変わる。
怒り・・・なのか?
テーブルの上の玉たちも震えあがっている。
セコ玉は、小心者らしくテーブル上の皿の陰から蔭へと逃げまどうように転がりまわっている。
犬娘玉は・・・ああ、あいつらしいな、無様に震えながらも事の顛末が確認できる位置で止まっていやがる。
じっと、お子様を観察している様だ・・・。
お子様の声・・・トーンが下がっているな。
怒ってんだな。
「そもそも、一度手放した事だけでも度し難いのに、自分たちの都合で結び直せるとか、どういう勘違いですの?
どうして、自分たちの家運にまで干渉できる存在を、自分たちが自由にできると考えられるのですの?
その目から上の部分って飾りですの?
中にビールでも詰まってますの?
大人しく聞いていれば、信仰して差し上げます、ですの?」
ここで、お子様の目が細められる。
口はエミの形のままだが、発せられる声は低くなっていく・・・。
「こんなに軽んじられるのも初めてですの。
不愉快ですの。
・・・二度とお目にかからない様に・・・念入りに畳んで差し上げますの。」
ズンッと、空気が重くなる。
ただでさえ動かない四肢に、さらに荷重がかかったみたいだ。
・・・陰気な若旦那は・・・霞がかかったように見えない。
何か・・・されているのか?
・・・いかん、怒りに我を忘れていやがる・・・暴走状態のお子様を目の当たりにして、俺の脳裏を青い衣をまとった少女の幻影が過る・・・。
生憎と閃光弾は品切れらしく、其のまま飛び去って行ったが・・・。
やれやれ、自分で何とかするしかないか・・・。
どうする・・・足は・・・動かん。
動くのは・・・ビールジョッキを持った右手だけ・・・。
中身は・・・空か・・・緊張しすぎて、飲み干しちまったみたいだ・・・。
俺は、追加注文の為にタッチパネルを目線で探す・・・何やってんだ?
現実逃避にビールの追加を模索するなんて、我ながら笑えるほど度し難い・・・。
自嘲する俺の脳裏を、あるひらめきが過る・・・。
青い衣の少女よりは役に立ちそうだ。
・・・追加の・・・注文か・・・。
・・・ドン
・・・俺は、行使できる力の限りを尽くして空のジョッキをテーブルに叩きつけた。
続けて
「呑み終わっちまった。次もビールで良いか・・・。そちらさんは、熱燗にするか?それとも、そろそろ変えるか?偶には、カクテルとかは?どうする?」
と、怒鳴ってみる。
動く右手を使ってタッチパネルを引き寄せつつ、お子様の方を見る。
・・・と、目が合った・・・が、・・・そこには、穴が・・・。
覗いてはいけない深淵が、突如として目の前に現れた感じか・・・。
恐怖と畏敬がないまぜになり、全身から汗が噴き出す。
・・・俺はなんて相手に声をかけてしまったんだ・・・破滅を内包した終わりがゆっくりと俺を包む。
・・・危険なんてものじゃない。
ただ、終わりが其処に立っていた・・・。
なるほど、これが観念ってものか・・・足掻く気力も湧いてこない、叫ぶことすら許されない圧倒的な恐怖に俺は息をのんだ・・・。
次の瞬間、お子様の声が聞こえる。
「カクテル・・・は、嗜んだことありませんの。この店、そんなの扱ってましたの?」
ああ、良くあるやつだ。
タッチパネルのメニュー更新に、紙のメニューが追い付いていないのだろう。
俺は該当のページを開いてお子様に見える様に掲示して見せる。
・・・いつの間にか、体が動く。
・・・周囲の酔客の喧騒も戻ってきている。
・・・ただ、俺のシャツはぐしょ濡れだし、叩きつけたジョッキにはひびが入っている。
・・・夢では無かったのだ・・・。
お子様は
「・・・緑の飲み物ってちょっと・・・」
とか
「ピンクとムラサキの二色はかっこいいですの」
とか、ブツブツ言っている。
・・・陰気な若旦那は・・・無事だ。
俺の横に、放心したようになって座っている。
息はしているので、問題は無いだろう・・・。
ただ、頭髪は真っ白だ。
横に居ただけの俺ですら、あれだけのプレッシャーだったのだ。
真正面から向けられたコイツの恐怖たるや・・・。
もっとも、あそこまでお子様を怒らせて、髪色が変わったくらいで済んだのは僥倖だろう。
・・・玉にされずに済んで良かったな・・・。
「そんな奴の玉なんて、手元に置きたくありませんの。次は、本当に畳んでしまいますの。・・・ホ・ン・ト・ウ・ニ・・・」
・・・あれ、ですの、は付けなくて良いの?
と、心の中で突っ込むことで恐怖を紛らわせつつ、モスコミュールとソルティドッグというべたなカクテルを注文してやる。
こんな店だ、スクリュードライバーだろうとカシスオレンジだろう、色以外で見わけがつくほどきちんとしたモノでも無いだろう。
適当に選んでやった。
草臥れた店員がカクテルを持ってきたタイミングで、お子様が陰気な若旦那に告げる。
「貴方、出禁・・・ですの。」
言い終わる前に、俺の横から陰気な若旦那の気配が消える。
・・・消した?
と、思う間もなく、お子様がつまらなそうに口にする。
「外に叩き出しただけですの。変な客のせいで、今日は疲れましたの。」
はふうってため息交じりのお子様の愚痴だ。
俺に言わせれば、お前の方が遥かに「変な客」だがな・・・。
さて、一件落着、大団円。
アンコールのカーテンコールも無事に済んで、千秋楽って寸法だ。
思ったよりも時間を過ごしてしまって、遅めの昼食だったとしてもゆっくりし過ぎた。
直帰の申請もしていないし、一旦、会社に戻るか・・・。
俺は、酔い覚ましのお冷を飲み干して、お開きの挨拶にかかる。
「お疲れ様。じゃあ、俺もそろそろお暇するわ・・・」
と、言いかけたとき、お子様がキラキラした目で俺を見ている。
「そうですの。
何も来客全てをこの身が応対する必要ってありませんの。
取次の司祭が居れば、万事解決ですの。」
と語り掛けて来る。
俺は、一抹の不安を感じながら
「そうだな、任せられる奴がいると良いな。
ああ、あの草臥れた店員なんか良いんじゃないか?」
俺の中の危機感知センサーが新たな危機を感知している。
ココは逃げの一手だ・・・ったのに・・・。
「あれは、まあ忠実ですが、気が利きませんの。
ある程度、こちらの知識があって、気が回って、交渉に長けた・・・そんな人材に心当たりがありますの。」
・・・逃げろ、立ち去るべきだ・・・俺の内心が叫びをあげる・・・が、足が動かない・・・。
「一日中、入口に立っていて、入室希望者を選別する簡単なお仕事ですの。
衣食住全て完備の素晴らしい職場ですの・・・。」
俺はごめんだ・・・とは、言葉にならなかった。
俺の意識は暗転する。
俺の目の前で犬娘がセコに笑いながら話しかけている。
「この熊のぬいぐるみ、リテイク熊にそっくりでウケるんですけど・・・」
セコが答えてる
「失踪した人を悪く言うのは・・・。」
犬娘が答える
「悪口じゃないじゃん。変な言いがかり付けると、ぶん殴るよ」
セコが、今の一瞬で赤く腫れあがった頬を押さえながら抗議の声を上げる。
「殴ったよ。今、本当に殴ったよ。」
犬娘は、振り抜いた自分の右拳を不思議そうに視界に収めた。
そして、笑う。
「ホントだ・・・まあ、次は本気でいくからね?それより、活動報告行こ」
相変わらずの行動力だ。
人を殴るのにも、危険領域に踏み入るのにも、全く躊躇というモノが無い。
涙目のセコが、慌てて草臥れた居酒屋の扉を開ける。
賢明な判断だ。
放っておくと、扉まで蹴り壊しかねない。
「これで本気じゃないなら、全力だったら人間の頭なんて粉微塵に吹っ飛ぶね・・・。
ホントに狂犬かよ・・・」
恨めし気なセコが愚痴る。
軽率な行動だ。
充分に可聴域ギリギリ下限の小声だったが、鋭敏な狩人の聴覚を潜り抜ける事は出来なかった。
ビシッと言う音ともに、セコの体が揺れる。
鮮烈な犬娘のローキックが、セコのふくらはぎを砕いていた・・・。
ぬいぐるみもビビるほどの勢いで・・・。
「さっさと行くよ」
犬娘が何事も無かったかのように、草臥れた居酒屋の暖簾を潜る。
俺は、慌ててアッチ側の店に誘導してやる。
と、言っても俺は移動しない。
出来ない。
俺自身にもよくわからん方法で、草臥れた店員を呼ぶだけだ。
相応しい客の時はそうする。
相応しく無ければ・・・素通りさせればこっち側の店に案内されるって寸法だ。
俺は、例の居酒屋の入り口をふさぐように設置されている。
一見すると熊のぬいぐるみだ・・・。
草臥れた居酒屋の暖簾の前で、地面に直接座っている。
投げ出した足は無視しても、座ってなお目の位置は犬娘のつむじよりも高い場所にある。
中々に巨大なぬいぐるみだ。
お子様に言わせると、取次役の司祭と言う事らしい。
もっとも、威圧感と言い、入口に鎮座している事と言い、動かない事と言い・・・どっちかと言うと狛犬ポジションな気もする。
犬娘たちからの断片的な情報を総合すると、俺は失踪した事になっているらしい。
実際には、門番に転職したわけだが・・・。
お子様曰く
「衣食住の心配のない、素晴らしい職場ですの。」
だ、そうですの。
・・・好奇心、猫を殺す・・・か・・・。
終わり
祝?転職。
不満は無いけど不平は出ちゃう職場を離れて、心機一転、新天地へ!
衣食住完全完備で、休日もある・・・のかな?
理想の職場(雇用主談)へ、ようこそ!
若干、問題もあるけど良いよね?・・・良いかな?
取り敢えず、新たな門出に乾杯です。
転職祝いの贈り物って、やっぱり酒ですよね?
他にお勧め有りますか?




