居酒屋奇譚⑤「お子様の遊戯」2/3
間抜けな断末魔の声で「待て次回」
昔の漫画雑誌によく有った引き方が出来ました。
一寸満足。
いくら、喧騒溢れる居酒屋でも、悲鳴はマナー違反ですね。
居酒屋奇譚⑤「お子様の遊戯」2/3
鉛の様な空気が普通に戻っていく。
まるで、日替わりカレンダーが捲れるように眼前の光景が切り替わっていく・・・。
俺が貫いたのは・・・「カートシャワー」。
彼の特徴的な黄色のパーカー。
・・・首は乗っていない・・・。
ドンっと後ろで音がする。見なくともわかる。彼の首だ・・・。
「惜しかったですの。紙一重でしたの。」
キャッキャッと言わんばかりのわくわく顔で、お子様が嗤う。
・・・回鍋肉から、ネギを摘出しながら・・・。
咄嗟に斬月をカートシャワーから引き抜きつつ、お子様の反対側へと飛びのく。
日ごろの鍛錬の結果をいかんなく発揮し、俺の体は多少強引にではあるが、お子様に正対して見せる。
外から見ると、まだ戦える状態に見えるだろう。
・・・だが、俺の思考は千々に乱れ、考えを一本化できないままでいる。
・・・いつ入れ替わった?
あの鉛の様な空気がヤツの能力だとして、それを織り込んでも躱せる間合いでは無かったハズだ。
しかも、カートシャワーは俺を射線に巻き込まない様に、真横から斜め後ろに陣取っていたハズだ。
何故、俺の前に居た?
いや・・・それ以前に・・・。
思考が空転し、対処方法の検討まで進まない。
カートシャワーの立ち位置なんぞは、些細な話だ・・・。
本当は分かっているものの、気が付きたくない事実から目をそらすべく、俺の思考は空転する。
しかし、視界に映る世界や、聴覚が捉える事象が、俺にある事実を告げて来る。
理解を拒否している俺を嘲笑うように、抗い難い事実を雄弁に・・・。
・・・そう、俺の回りでは、何も起こっていない・・・。
俺が、席から猛然と立ち上がり、その勢いに生ビールを配膳に来た草臥れた店員が唖然としている・・・だけだ・・・。
満員御礼の居酒屋は、猥雑な雑音に溢れ、そこここで酔客が下らない話に気炎を上げている。
草臥れた店員以外、誰一人立ち上がった俺にすら注意を向ける者は居ない。
・・・そうじゃない。
認めよう。
乱射魔カートシャワーが、俺のバックアップ時にばら撒いた魔弾の影響が、全くない。
その二つ名の由来であるイングラムM11を二丁上下に連結した特殊改造銃。
それを両手に装備して計四丁。
まさにシャワーの如く弾丸をばら撒く弾幕がさく裂したのに・・・犠牲者はおろか着弾あとすら見当たらない。
・・・そうだ、刀を引く抜く前から気が付いてたさ・・・切り飛ばされた首からも、刺し穿たれた胸からも、一滴たりとも出血が確認できていない事に・・・。
「まずは、ワンアウト・・・ですの。」
相席当初からそうであったように、座席の上で座したままニヤニヤとお子様が口にする。
その手の上からテーブルへ転がり落ちる「玉」・・・真っ黄色の本体の・・・あのピンクの部分は、カートシャワーのピンクのモヒカン部分って事か・・・。
つまり・・・。沈黙したままのレシーバーを恐る恐る視界に収めた俺に向かってお子様が嗤う。
「さて、ゲームを続けましょう・・・ですの。」
目を細めつつ、より深くなるニヤニヤ嗤い。
と、そこで、不意にお子様は目を見開く。
有ることに、ふと気が付いた・・・という感じだ。
俺は斬月を正眼に構えつつ、お子様の次の言葉を待つ。
・・・どうせ次の攻撃も通用しない。
お子様の興味すら引くことのできない、蟷螂の鎌以下の抵抗だが、これ以外にこの時点で俺が出来ることなど何もない。
お子様が何を語るのか・・・俺への審判なのか、ゲームセットの宣言なのか・・・。
「あら、ですの。そう言えば、残りは貴方お一人ですの。攻撃側が3人居ないと、スリーアウトにならないんじゃないですの?」
料理の途中で、みりんを切らしてた事を思い出した程度の、軽い口調だった。
余りの内容に、死を覚悟していた俺は頭が真っ白になり、思考が停止する。
お子様は、眉間にしわを寄せて中を見上げつつ、子供が如何にも思考に没頭していますと演じて見せるジェスチャーの様にして見せる。
こんな状況でなければ、可愛い仕草と言ってもいいだろう。
お子様は「困りましたの。」と視線をさ迷わせる。と・・・一点で視線が止まる。
「え・・・。」
草臥れた声で、言葉にならない声を喉から漏らしたのは、生ビールを配膳に来ていた草臥れた店員だった。
お子様は微笑む。「ああ、三人目、貴方で宜しいですの。」
「何言ってんだ」俺の口からつい飛び出した言葉だ。
「宜しく無いでスノ」草臥れた店員の口から、辛うじて絞り出された言葉だ。
「何って、ルールの話ですの。スリーアウトでチェンジですの。」
私、ちゃんと知ってますのと言わんばかりのどや顔で、お子様が胸を張りつつ俺の問いに答える。
・・・草臥れた店員の抗議はスルーの様だ・・・。
お子様は続ける「ゲームは、ルールが有るから楽しいんですの。」と。
咄嗟に俺は突っ込みを入れる「他人を巻き込むな」と。
これは、俺の勇気が云々の話では無く、単に組織人として身についた習慣が出たに過ぎない。
そのせいも有ってか、お子様の心には響かなかったようで、やや不満そうに口をとがらせながら「他人を巻き込むなと、言われましても・・・ですの。」と、真っ黄色にピンクの点が入った柄の玉を眺めて見せる。
・・・まったくだ。先に酔客もろともお子様を薙ぎ払おうとしたのこちらだ。
特異点に常識を突っ込まれるとは・・・組織初じゃないか?
このやり取りの間に、草臥れた店員はビールをテーブルに放り出して、這う這うの体で厨房へと逃げていった。
「ふん。敵前逃亡・・・ツーアウト・・・ですの?」
此方を振り返って、お子様が問いかけて来る。
「いや、俺に聞かれても・・・。」
そもそも、コレは野球に準じているのか?攻撃側は、どうすれば点数が入るんだ・・・。
そうこう考えているうちに、お子様がこちらを凝視している事に気が付いた。
そりゃそうだ。せっかく標的の立場を分担してくれそうだった草臥れた店員は、早々に退場してしまった。元の木阿弥だ・・・。
「どうしますの?ピンチヒッター登場ですの?期待の新人助っ人外国人ですの?」
・・・新人なのに助っ人が務まるとは、大した外人だ・・・。
いかん、思考が乱れる。
「・・・それとも、このままゲーム続行・・・ですの・・・。」
・・・周囲の喧騒がパタリと止んだ・・・。
酔客たちは、相変わらず俺の回りに居るのに、まるで存在感が無くなった。
わちゃわちゃと蠢いてはいるが、まるで仕掛け人形のように「生きている」感じがしないのだ。
ディスプレイを通して眺める町の雑踏の様に・・・。
情報では、この場を気に入って留まっているらしいという話だったが、既に浸食を済ませて自分のテリトリーとして取り込んでしまっているのか・・・。
空間を偽装するなどと言うちゃちな仕掛けではない。
気分次第でこの場に居る存在ごと書き換えている・・・そう、部屋のカーテンをかけ替えるような気軽さで・・・。
斬月は強力な妖刀だが、あくまで実態のある存在に対応した装備だ。
空間・・・いや、世界か?・・・そのものを書き換える様な相手に通用するのか?
この空間に踏み込んだ時点で、既に俺も取り込まれている・・・のか?
・・・刀を構えているのは本当に俺の意思なのか?
単に対戦相手を欲したお子様に、敵役としてアサインされて、役を演じさせられてるだけなんじゃ・・・。
すでに腕利きのトップエージェントが複数壊されてしまった現場に、俺を投入した組織の判断は、本当に組織が自発的に判断したモノなのか?
疑いだすと、全てが疑惑をまとって見えて来る。
組織から討伐すべく派遣された俺は・・・本当に、存在しているのか?
そういう設定の、駒として、お子様が盤面に置いただけの、ただの「玉」なんじゃ・・・。
舞台装置の書き割りと化した酔客に囲まれて、テーブル越しに斬月を正眼に構えたまま止まってしまった私を、生ビールを舐めながら眺めているお子様。
・・・それは、先ほど届いた俺のビールだな・・・。
愚にも憑かない思考に逃避する俺。
「さて、スリーアウトですの。」
お子様のジョッキとは反対の手から、新たな玉が転がり出る。
グレー地に唇の絵が大きめに書かれている・・・。
あの、おしゃべりか?
「おしゃべり?・・・掃除係さんと仰るらしいですけど、あだ名がおしゃべりさんですの?」
お子様が玉をつつきながら問いかけて来る。
コードネーム掃除係・・・状況が膠着したり失敗の兆候を強くした際に、現場ごと吹き飛ばして事態の収拾を図る組織の始末屋の事だ・・・。
あいつがこの件の掃除係だったのか。
おそらく、経過時間から任務失敗と判断して、このビルごと何かしようとしたんだろう・・・。
ん、俺はおしゃべりの名前は口にしていない・・・思考を読んでいるのか?
怪訝そうな俺に向かって、お子様は聞き捨てならない情報を開示する。
「ステージを変更したんですの。この舞台であれば、内心も他人も境があいまいになるので、余り気にしなくて良いんですの。
これで、多少羽目を外して騒いでも大丈夫ですの。
・・・ビルごと吹っ飛ばすんですの?実力に比較して随分と物騒な人だったんですの」
と、唇玉をつつく。
大丈夫な要素が一つも見当たらない・・・この状況で、多少大声が出せる事に何のメリットがあるというのだ。
・・・もうだめだ・・・ただでさえ通用しない上に、思考までトレースされては対処のしようがない。
何かの奇跡でもなければ勝ち目がない・・・。
俺は、昔話で語ってもらった怪談のさとりの話を脳裏に過らせながら、刀を降ろした。
「フォーアウトですの。戦意喪失ですの。」お子様が、楽しそうに口にする。
・・・なんだ?フォーアウトって?
俺の分が追加されたって事なのか?
混乱する俺を楽し気に眺めながらお子様は、クスクスと笑いながら
「アウトって三つまでですの?じゃあ、一つ余ってしまいましたの。コレは、お返ししますの。」
そう言って、更に玉を取り出す。
黒地に灰色の三日月模様・・・刀なのか?だとすれば・・・あれは・・・俺か・・・。
「何はともあれ、ゲームオーバーですの。」
お子様の言葉が俺の心をえぐる。どれほどの恐怖が待っているのか・・・
絶望どころではない、発狂寸前の恐怖が俺の心臓を鷲掴みにする。
口から叫び声が出る。
人間が出来る訓練なんかじゃ対応できない「畏れ」の感情を、うちにとどめる事が出来ずに、口から吐き出す。
畏怖の感情が意味を成さない音となって喉から迸り出ている・・・。
書き割りの酔客たちが、俺を見ている。
或いは憐みの目で、或いは同情の目で、蔑みの目で、歓喜の目で・・・。
視界がゆがむ・・・違う・・・世界が歪む・・・急速に何かが起こっているのだけが伝わるが、何が起こっているのかは認識できない。
吸い込まれているのか、打ち上げられているのか、突き落とされているのか、とうに両足の下にあるはずの地面の感覚は失われている。
・・・そして・・・意識が・・・暗転する・・・。
色々ズレているけれど、割と常識の有るお子様です。
騒ぎになるのを見越して、マクークーカンに引きずり込んだみたいです。
この空間では、お子様のパワーは3倍になるっぽい雰囲気ですが、もとより隔絶してるので余り関係なさげです。
そして、今回も、かっこいいタイミングで、「待て次回」です。
うん。満足。




