遠い記憶に
アンとエルドラフは茂みの中を潜って移動し、最初の開けた道にたどり着いた。予想を遥かに超えた悲惨な光景に、アンの声が溢れ落ちる。
「うわぁ…」
猪の子分たちは背中から溶かされていて、顔を残して骨になっている。対する狼たちは数を数えられないほど千切り飛ばされており、壁にへばりついている。
そのすべてが赤い血の絨毯の上で広がっている。アンの嫌悪感は経験不足などではない。初めて見る臓腑の骸に吐き気を催していた。
だがそれを狙っていたのか、また新たな狼達が同胞の肉を求めてさまよっていたのだ。
「仲間の死骸を食べてるんだ…。」
「胃酸が何でも溶かすから、常に腹が減ってるんだ。仲間でも食うよ。」
聞きたくない言葉を流して、アンは防護服の電熱線を摘んで伸ばした。その様子を見守る少年は最後の確認をする。
「アン。本当にやるんだな。」
「まかせてほしい。私の頭脳は優秀なのよ。」
「薬鉢と棒を犠牲にしたんだ。」
不安の心を笑顔で蓋をして、アンは腕時計の側面から出ているボタンを押した。
電源が入り、エネルギーが電熱線を温め、スパークした。飛び散る火花を地面に押し当てた途端、一直線に茂みの奥へと伸びていく
「プライミングパウダー成功!成功したよエルドラフ!」
「まさかすり潰すだけでこううまく行くとは…。」
葉についていたマグネシウム結晶を集め、鉢でつぶし細かくしたのだ。そのままだと目が荒いため、激しい燃焼が起きて危険。それを細かくするとことで滑らかに火がつきやすくなる。そして2人がいる位置まで細い線を描くことが出来たのだ。
それは昔、導火線が無かった時代の技術。火薬をすりつぶした「導火粉」と呼ばれるものだった。
真面目に受けていたアンだからこそ手に入れた柔軟な閃きは、爆発を持って正解を示す。
奥に走っていく火は、大きな爆煙と風を起こした。
「うわっ!!」
大地を駆け抜けるほどの衝撃。行き着く先で空気に浮かんだ小さな煙幕玉に食らいつき、粉塵爆破を引き起こした。
土をめくり上げるほどの破壊力。まるで地震のように地面を揺らして震えさせる衝撃。破壊力は近くにいる動物達、全てに伝えた。
土塊が2人の近くに振り落ちてる中で、アンは腰を抜かしていた。
「やりすぎちゃった。」
「だからやりすぎだと言ったのに……だが作戦自体は上手く行ったぞ。」
驚いた狼達は、散り散りに逃げていき、広間には死骸だけが残されている。
「いこうアン!今しかない!」
アンの細腕を取って、少年は茂みを抜けた。血の臭いが鼻を突いてやっぱり無理だと感じている。
だが止まらない。踏みしめる土も、日の光も、全部が遠かったのに、今じゃ遠ざかっていく。エルドラフが前に進めば、アンは足を進められる。
少し急な坂も一人では大きすぎた。でもエルドラフはアンを持ち上げて、アンはエルドラフを引っ張り上げる。
2人は助け合いながら、冷たい死の世界へと進んでいった。




