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オヤクメを背負いしもの、この世が埋もれた果てで、希望の光を受け取る。  作者: ヒゲ博士
第二章 【樹皮の塒】

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暗闇から這い出るための

 エルドラフは怪しいおじさんの言葉通りにしたが、すぐに後悔した。


「本当にこんな事で……」


 目は、怪しいおじさんことアサドから渡された黒い布で覆われている。それは単なる漆黒ではない。光を一切通さず、布の向こう側の景色は何も見えない。

 闇の中を彷徨うエルドラフの耳に、アサドの低い笑い声が届いた。


「変な冗談はやめろ! 真剣にやれ!」


 エルドラフの遠吠えのような叫びはドームに反響して消えていくが、アサドの不気味な笑いは続く。


「な、なんだ! なんで笑う!」


 笑われている。どこにいるのかも、どんな意図で笑っているのかもわからない。


 不気味さに向けて「ここか」と闇雲に拳を振るう。だが、当たったと思えば思うほど空を切るばかりで、全く手応えがない。そしてまた聞こえてくる嘲笑。

 その笑い声の奥にあるはずの心音を、エルドラフは聞き取れずにいた。それは笑い声によって心音が攪拌されてしまったからだ。


「ふ、ふざけるな!!! いい加減にしろ!!!」


 何度も殴りつけ、蹴り、振り向いては腕を振り回す。だが、そのどれもがアサドを捉えることはなかった。


(くそ……なんでこんなにもアサドの居場所が分からないんだ……。集中……集中するんだ)


 反響する声は右からでも左からでもない。いつもならば、聞こえた音が直感的にその場所を教えてくれた。

 だが今の状況下では、エルドラフの持つ特異な力が通用しない。


(__そうか! これは試練……試されているんだ。僕の力がより強くなるのか、アンを守るに足る存在か、値踏みされているんだ……。考えろ。考えるんだ) 


 集中するしかない。試練に打ち勝つしかない。だが、祈りのような希望は儚く揺らいでいる。

 もし試練に落ちれば、自分はアンを守れないのだと考えてしまったからだ。

 焦りが思考の邪魔をする。処理が追いつかず、パニックが始まる。息は荒くなり、全身からどっと冷や汗が噴き出した。


(今度こそ……今度こそ守らないといけないのに!! なんでこんなにも集中できない!!)


 歯を食いしばっても、あふれ出る絶望に押しつぶされそうになった。


「落ち着けよ」


 思考の波を止めたのは、額に触れた温かいもの。アサドの手のひらだった。

エルドラフは手のひらから伝わる確かな脈動を受け止め、「見えない」という恐怖の鎖からふっと解き放たれた。


「いいか。今までの説明を思い出せ。それから、自分がどこにいるのか分析しろ」


 今もなお、視界が戻らない孤独の中。この暗闇で確実な「アサドの存在」に向かって、エルドラフは叫ぶ。


「簡単に言うな!!」


 鼻の奥がツンとして、何なんだろうと考える間もなく、目の奥から滲む涙を留められなかった。


「君にはわからない!! 今までなら、僕は音が聞こえたら全てを知れた。なのにここじゃ、まるで……あの時みたいに一人だ……」


 過去の記憶が呼び起こした恐怖は、暗闇の中で確実に存在し、エルドラフの弱い部分を執拗に抉ってくる。

 切れ味の悪い、錆びた刃のような弱み。それは、自身がこの空間では無力だと信じ込んでしまったゆえの弱音だった。


「……『俺』から、『僕』に戻ってるぞ」

「!!」

「恥ずかしがんな。強がりは悪いことじゃねぇ。ただ、その強がりを信じろ。じゃねぇと、お前はアンを守れず死んじまうぞ」


 それだけ言うと、アサドはまた掌を離して消えていった。

 まるで空気に溶けるようにして気配を絶ったが、彼はあるものを残していった。


 それは、さらなる孤独だった。


 確かな存在の温もりを知った直後だからこそ、果てのない真っ黒な闇がより一層強調され、孤独感が際立つ。

 追い打ちをかけるようにして、低い笑い声が忍び寄ってきた。

 だが、今の彼には最大の武器があった。それは冷静さだ。


(彼は言っていた。僕らの強さは、振動を感じ取る鋭さだ)


 エルドラフは目隠しをされた闇の中でも、さらに強く瞼を閉じる。すると、今度はより鮮明に音が聞こえ始めた。


(声が跳ね返ったこの場所で、僕が最初に感じる声は偽物だ。一番早く、一番弱い音を聞き分けるんだ)


 「反響」という概念に気づいたエルドラフは、音を波としてイメージする。

 自身に届く声が、あちこちの壁にぶつかってから断続的に届いていることを悟った瞬間、音が一番早く発せられた方向へ向かって殴りかかった。 単なるパンチではない。大きく腕を振りかぶり、鎌のように薙ぎ払う。

 だが、拳に手応えは返ってこない。それは覚悟の上だった。



カタン……。



 笑い声ではない。それは、靴底が地面を踏みしめる確かな足音だった。


(ここだ……ここから食いつけばいい)


 エルドラフは足音の発生源へ向けて、次々と拳を振り回す。

 少しずつ近づく足音に予測が追いつき、狙いを定め、渾身の決め打ちを放つ。


「そこだ、もらった__!」

「甘い」


 当たると思っていた腕は、空を切る。次の瞬間、伸び切ったエルドラフの腕に何かが巻きつき、硬く締め上げられた。

 身体が宙に浮いたかと思うと、一回転し、背中を強く地面に打ち付けられる。

 肺から押し出された空気と激痛で、呼吸すらままならない。


「だがセンスは抜群だ。あのままこっちに来られたら負けてたよ」

「くそ!! ずるいぞ!!」

「アホかお前」


 地面に横たわっていると、不意に目隠しの布が剥ぎ取られた。高い天井を背に、アサドが見下ろして笑っている。


「ここは道場みたいな世界じゃねぇぞ」

「ど……道場?」

「__野生の世界でお前はちっぽけだ。だから強がりがいるんだよ。迷いなんて要らねぇ。試練の日までお前を叩き上げて、根拠のねぇ自信ってやつをつけさせてやる。」


 腕組みをしながら、アサドは力強く言い切った。ここから、エルドラフの強化計画が始まる。


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