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オヤクメを背負いしもの、この世が埋もれた果てで、希望の光を受け取る。  作者: ヒゲ博士
第二章 【樹皮の塒】

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かなしき穴蔵の民

 アサドに連れられたエルドラフは、女王との謁見を許された。


 暗く広い空間には、湿り気を帯びた空気が澱んでいる。女王が座る玉座の両脇には、腕が異常に発達したネズミが控えていた。両拳を地面について巨体を支えるその獣は、殺意のないつぶらな瞳をこちらに向けている。


「いつ見ても……ゴリラだな」


 アサドが吐き捨てた言葉の意味を、エルドラフは理解できない。


(ゴリラってなんだ……)

「それで、女王様は何をご所望なんだ?」


 まるで質量を持っているかのような湿気が、女王ネズミの威圧感を伝えてくる。

 彼女はゆっくりとした動きで短い腕を上げ、小さな指でエルドラフを指し示した。


「穴蔵の少年に用があるのよ」


 エルドラフは目を丸くした。用を申し付けられるほど、女王ネズミと親交があるわけではないからだ。

とは言え、共通の知人はいた。それがアンの母であり、探索班の英雄として名を上げた『ミナミ』だった。


「あんた……ミナミとはどういう関係だい?」


 特段含みのない女王の問いかけに、エルドラフは答える。


「命を救ってもらった。技術も、生きる術も教えてくれた。だから、アンを守ると約束したんだ」

「そうかい……あの子らしいね」

「……何を知ってるんだ」


 エルドラフはスッと肩の力を抜いた。女王の心臓は跳ねるどころか、落ち着いた優しい鼓動を打っていたからだ。

 母性。彼女からは、あふれんばかりの母の性質が伝わってくる。

 そんな相手を警戒するなど無意味だと、いくら少年と言えど理解できた。彼女に戦う意思などないのだ。


「あんたと同じさ。追い立てられていたところを助けたんだよ。見返りに、あの子はあり余る技術をくれた」

「では、あなたも」

「言葉の使い方を変えたね。いい子だ……そのとおりだよ。私もあの子を助けると約束したんだ」


 すると女王は、一回だけ拍手をした。パンッと乾いた音が響き、場の空気が止まる。


「さて。アンはまだ起きないよ。暫くは寝て体力を回復するだろうさ。こうなったのも、あんたがまだまだ弱いからだ。違うかい?」


 突然の指摘に答えられない。言葉を喉から吐き出そうとしても、図星を突かれてつっかえてしまう。


「あんたは穴蔵の民。音を聞き取る能力なら、あんた達が一番だ。なのになんだい、あの体たらくは」


 女王が指をパチンと弾く。すると、耳の長いネズミたちがジープの破片を持って現れた。


「あんた、音には反応してたが迷ったろう」

「なぜわかるんだ」

「わかるよ。あんた達が唯一、あいつに対抗できる種族だからね」


 話の方向性が定まったというのに、アサドの興味は破片の方へ移っていた。歪に凹んだ表面をなぞるおじさんの姿は、なんだかんだ気味が悪い。


「音を先取りし、相手の動きを捉える。あんた達の力は、この大陸にいる者たち全員が畏怖しているよ」

「御託はいい。俺に何をさせたいんだ」

「……あんたに試練を与えるよ。それが、あたしができるミナミへの恩返しだからね」


 女王はエルドラフをまっすぐ見つめ、頬杖をついた。


「あと百回寝たあとで、とある場所に行ってもらう。そこには、あんた達を襲った【オオアホウ】という怪物がいる」

「【オオアホウ】……聞いたことないぞ」

「大きな体に見合う、大きな羽を持つ傑物さ。こいつに襲われたらひとたまりも__」


 エルドラフは聞き逃さなかった。心臓が一回だけ、大きく跳ねた音を。それは聞き耳を立てているアサドの胸から鳴ったものだった。


「そろそろヤツの来る時期さ。海に浮かんだオニオンを求めて空から降りてくる。そいつを仕留めるのさ」

「……弓矢はもう使えない。矢を使い切ってしまったんだ」

「うちで用意するよ。だから気にせず、修練に励みな」


 言葉を切り捨てると、女王はエルドラフとアサドを残して闇の奥へと消えていった。

 暗がりに残された男ふたりは、どうしたものかと顔を見合わせる。


「情に厚いのかドライなのか。長い付き合いだがわからないな」

「そうなのか?」

「彼らはネズミっていう種族だ。社交性が高いが……まぁ、あれはあれで母性故なのかもしれんが」

 

 にやりと笑うアサドの横顔に、エルドラフはどうしても突っ込まずにいられなかった。


「なぁ、アサド。なにに気づいたんだ」


 普通に尋ねたつもりだったが、アサドは驚きで口を開いたまま固まった。


「なんだよ。説明されてたろ。俺は耳がいいから心臓の音も聞こえるんだよ」

「それは知ってたが……この距離はちょっと異常だぞ。すごいな、少年」


 アサドはボサボサの頭を掻きむしったあと、腕組みをした。それから心底疎ましそうに説明を始める。


「あいつが言ってたオオアホウってのは……なんといえばいいのか。鳥ってわかるか?」

「……」

「わかんねぇよなぁ……。鋭くて硬いクチバシを持っていてな、羽根って呼ばれる膜がある。これを使って空を飛び、上から獲物めがけて襲いかかるんだ」

「空……いや、ちがうな」


 エルドラフはジープが襲われた時の光景を思い出しながら、自分なりの分析を組み立てていく。

あの時、不思議な音がしたのは空からではない。真横だ。

 それもかなり遠くの距離から聞こえた音。そこから瞬きする間もなく跳んできた。アサドの言う『鳥』と呼ばれるものなら、見上げるほど高いところから大きく音を立てて降りてくるはずだ。

 

「いい顔してるぜ。そのとおり、お前らを襲ったのはオオアホウじゃない。別の存在だ」

「そんなのいるのか?」

「どこに何がいるのかわからないのが、この世界の面白い所だ。それより見ろ、ここ。足形みたいだろ?」


 アサドが指差した部分は、凹みの頂点とも言える場所だった。だが、尖ってはいない。無骨に陥没したその形状は、何かの足形だと言われても不思議ではなかった。


「オオアホウはクチバシで襲いかかる。なら穴が空くはずだ。どう足掻いても、こんなに広く凹むことはねぇ」

「こんなに硬いものに穴が空くのか」

「あいつの恐ろしさは威力にもある。だが一番厄介なのは、視覚外からの突進だな。エルドラフ、お前ならそれに対抗できるんだよ」



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