表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オヤクメを背負いしもの、この世が埋もれた果てで、希望の光を受け取る。  作者: ヒゲ博士
第一章 【岩の塔】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/30

お父上

 その後は誰も止められない、止まることのないただの地獄だった。

 どこからともなく湧き上がるくぐもった断末魔と、骨と肉が貪られる凄惨な咀嚼音。ロボット達が繰り返す無機質な警告すら掻き消すように、狼達の悍ましい遠吠えが空間に響き渡る。

 もはや人語を発する者はいない。暴力と死の匂いに汚染された廊下で、エルドラフは必死の死闘を繰り広げていた。


 床につく足を狙う。跳び上がった身体を狙う。頭を狙う。腹を狙う。僅かな隙を狙う。

 だが、時間を追うごとに矢が減っていくばかりで、ただの1本すら命中しない。


「アォオオオオオン!!!」


 少年を執拗に追い詰めているのは、狼の中でも一際巨大な『アルファ』と呼ばれる個体だった。

 群れのどの狼よりも強靭に育ち、長年磨き上げた牙で頂点に上り詰めた真の獣。いくら過酷な外界を生き抜いてきた少年と言えど、その隔たりはあまりに大きかった。


「くそ……くそッ!! このままじゃ、下の階に降りることすら……」


 アルファは群れを引き連れて4階まで降りてきており、そこで少年と会敵してしまったのだ。無論、異物を探知した防衛ロボットも狼に立ち向かってはいたが、アルファを前にしては無力に等しい。

 結局、アルファとエルドラフの対決という構図になってしまったが、立ち位置が最悪だった。アルファは唯一の退路である階段を背にして陣取っている。これでは前に進むことすらできない。


「ガゥッ!!」

【あいつ……私たちが階段に逃げ込めないように、位置取りまで計算してるわ】

「アルファは聡い。このままじゃ矢も……」


 背中に手を回して探るが、矢筒にはもう2本しか残っていなかった。


「手数もない。万策尽き……」

【賭けに出るしかないわね】

「……どうする?」

【私が合図する。合図したら、貴方は猪突猛進って感じで飛び出して】

「はぁ?! なんだそ――――」


 言葉を交わす暇すらなかった。エルドラフの鋭敏な感覚が特殊な振動を察知し、本能的に身体を低く沈める。直後、空気を震わせる轟音と共に、少年の頭上を巨大な『岩』が通り抜けていった。

 テトラが、故障して横たわっていたロボットの回路を逆ハックし、虫の息だった機械を強制的に蘇らせたのだ。

 破損したスパークプラグに火が点き、暴発するようにマグネシウムが発火した結果の誤射だった。

 肩に乗っていたテトラが、少年の頬を叩いて合図を送る。


【今!!!】


 岩が壁に着弾し、大きく火花が散る。一瞬だけ闇を払ったその閃光と質量攻撃を避けるため、アルファは四肢を伸ばして大きく横へと跳躍した。


「――――ギリギリを攻める!!!」


 一瞬だけ生じた空白の空間。アルファが再び足を地に着けるまでが勝負だった。

 エルドラフは床に夥しく流れた血で靴底を滑らせ、鋭いスライディングで死地へと飛び込んだ。空と地。両者はほんの一瞬だけ、死線を交差させる。


(エル君は私たちの予想を超えてくるはず。過酷な世界で叩き上げられた、生き残る為の勘に賭けるしかない。今は! この一瞬だけは!!)


 床を滑りながら身体を反転させ、空中に浮く狼の無防備な腹を見据える。

 エルドラフの手には、既に番えられた矢があった。


(ここを逃せば終わり。本当に打つ手がない。お願い……当たって!!!!)


 弦は既に限界まで引き絞られている。解き放たれるのを待つばかりだった矢は、完璧なタイミングで空気を裂いた。


「避けれるもんなら、避けてみやがれ!!」


 指が弦を離れる。狼の腹部めがけて虚空を滑り上がっていく必殺の一矢。

 だが、アルファはそれを――空中で『避けきった』。


【そんな……空中で軌道を変えるなんて、あっていいの!?】


 宙を舞うアルファの足元へ、もう一匹の狼が自ら身を挺して飛び込んできたのだ。

 アルファは一切の迷いなくその部下を『踏み台』にして空中で激しく蹴り上がり、エルドラフの矢は空しく天井へと突き刺さった。

 天井に着地したアルファは、重力を無視したかのように直ぐさま壁を蹴って折り返す。目にも留まらぬ速さ。致命の牙が少年の喉元へと迫った。


「くっ……ふざけるな!!」


 だが、その牙は届かなかった。


 少年の眼前を塞ぐように、大きな影が落ちる。エルドラフを庇うように立ち塞がった太い背中が、手に持った酒瓶をアルファの顎先に向かって力任せに振り抜いた。


 アンの父親、ガルガンドだった。


「な――――なんで、ここに」

「うるせぇクソガキ。俺の鬱憤晴らしを特等席で見てんじゃねぇよ」


 大きく口を開き、ガルガンドの肩を食い千切ろうとするアルファ。その毛むくじゃらの顎に向かって、ガルガンドは硬い酒瓶を何度も、何度も容赦なく打ちつけた。

 さしものアルファも、予想外の痛撃にたまらず後方へと飛び退く。


「……かてぇ狼だ。食ってるもんが違うと、こうも変わるもんなのか。本物の狼なんて、殴ったことねぇけどな」


 立ち位置は変わった。アルファが退いたことで退路は確保され、逃げるか、ガルガンドと一緒に戦うかの2択となった。だが、一緒に戦うという選択肢は、彼が「アンの為にここにいる」という確証がなければ成立しない。

 

「なぜここに来たんだ」

「……俺はよ。どうにもガサツでよ。アイツに一つだって、親らしいことを教えてやることはできなかった。死んだミナミの願いが『アンをここから出す』ってんなら……不器用な父親として、せめてそれくらいは叶えてやらないとな」

「……ガルガンド」


 ガルガンドの背中には、鋼のような硬い意志があった。

 接し方も、愛し方も間違えてしまった娘への、せめてもの思いやり。自らの命を懸けた贖罪のために、彼は今、地獄の最前線に立っているのだ。

 言葉を失うエルドラフをよそに、ガルガンドは手にした酒瓶を壁に叩きつけて割り、その断面を鋭利な凶器へと変えた。


「5階の隔壁前で、アンが待ってる。……遅いんだから、サッサと行け」


 決してこちらを振り返ることなく放たれたその背中の言葉に、すべての思いが託されていた。


「………アンを、頼むわ」


 エルドラフは大きく頷くと、残った矢を肩に掛け直し、階段へと力強く踵を返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ