疫病神
【貴方達の処分が決定しました】
銃を構える茶色いロボットの群れが、廊下の突き当たりへと人間たちを追い詰めていた。子供も、女も、老人も関係ない。
【ギデオンの決定に従いなさい。】
切り捨てるために用意された『期限切れの肉』を処分すべく、ロボットたちは冷徹に横隊を組んでいた。
赤い警告灯に照らし出された夜の民。彼らの運命は今、暗い銃口の奥に定められようとしていた。
「いやぁあぁあ!! 殺さないで! お願い!! お願いです!ギデオン!」
「パパぁ!助けてパパぁ!!」
「大丈夫だ……ギデオンは私たちを守るために……」
阿鼻叫喚が響き渡る廊下に希望などない。あるのは濃密な絶望と、ほんの一雫の勇気だけだった。
「ウォオオオオオオ!! やめろぉおおお!!!!!」
階段を駆け上がり、廊下へと飛び出したのは、右肩にクマのぬいぐるみを乗せたエルドラフだった。
(エル君のこと、甘く見てた……。1階まで駆け上がって退路を作るだけの作戦だったのに、こんなにも純粋で強い正義感を持っていたなんて…。でも、これじゃあ)
風のように走り抜けながら、エルドラフは滑らかな動作で弓を構えた。
ほんの1秒もあれば、廊下の奥で処刑を執行しようとするロボットたちの注意を引くことはできただろう。
「くそぉおおおおおおお!!!!! 間に合え!!」
だが、現実は残酷だった。ロボットたちは反逆者が現れても確実に刑を執行できるよう、あらかじめ人間を奥へと追い詰めていたのだ。
焦りが、弓を引く手に汗を滲ませていた。放たれた矢は指先で致命的に滑り、無情にも天井を跳ねた。
「しまっ――」
虚空へ消えた矢は、天井の警告灯を穿ち、その場にあったすべての光を闇へと閉ざしてしまう。
エルドラフの心に後悔が届くよりも早く、漆黒の闇の中で、暴力的な明かりが瞬く。
火薬が弾ける閃光が、何度も何度も闇を切り裂き、その度に廊下に響いていた叫び声の数が減っていった。
「そ、そんな……」
【エル君、もう無理よ! あのロボットはジョイント部分以外、採掘された岩を装甲として張り付けてる。動きは遅いけど、そもそも矢じゃ歯が立たないわ!】
無力さに立ち尽くすエルドラフの頬を、テトラが柔らかい手でペシッと叩いた。
【伏せなさい!!!】
テトラの鋭い警告よりも早く、エルドラフは本能に従い身体を低く沈めた。
ふわりと宙に取り残された彼の長く白い髪。そのドレープの真ん中を、恐ろしい速度で『岩』がすり抜けていった。
弾丸となった岩塊は背後の壁に激突し、何度か跳ね回った後に砕け散る。空気が破裂するような轟音が身体を痺れさせ、エルドラフがもつ特性の肌を鋭く焼いた。
「なんだ今の、身体に爪を立てられるような振動は……くそっ、僕が音に対して敏感な事が仇になった……」
【あのロボットは、採掘したマグネシウムを火薬代わりにして岩を吹き飛ばしてるの。コードネームは『ゴーレム』よ】
暗がりと赤の境界から、ロボットたちが姿を現し始めた。茶色い岩を全身に纏い、歪でカクついた輪郭を持つその姿は、まさに生気のない岩の人形だ。
悪魔のような威容に思わず後ずさる。だが、エルドラフは歯噛みしながら策を巡らせた。どうすれば、まだ浅く息をしている人たちを助けられるのか。彼はまだ、諦めてはいなかった。
【エル君! 君はアンを助けないといけない。わかってるでしょ!】
「だからって……彼らを見殺しになどっ。!!!!!!」
無機質な駆動音が、次の危機を知らせる。空気を震わせるマグネシウムの爆発音に合わせて、エルドラフは身体を翻した。
無情に、そして正確に撃ち込まれる岩塊を、アクロバティックな動きで次々と避けていく。
だが、相手が撃ち出してくるのは岩であって、真円の弾丸ではない。不規則な形状ゆえに空気抵抗が変わり、自由落下の軌跡を描くそれを躱すのは、極限まで神経をすり減らす。
(くそっ!! なんて読みづらい攻撃だ! まるで蛇が這い寄ってくるような不規則さだぞ! 油断したら当たる……死ぬ!!)
ゴーレムの主武装であるロックショットの装弾数には限りがある。だが、その弱点は並んだロボットの絶対数によって補われ、息をつく暇すら与えられない。
「こんなところで、時間を使っている暇は……ッ!」
焦燥感と共に飛来物を避けた途端だった。
壁に当たって砕け散るはずのそれは、異様に湿り気を帯びたまま、グチャリと壁に広がった。
熟れたトマトを壁に叩きつけたような、悍ましい水音。毛色の悪さにエルドラフの視線が奪われる。
壁に張り付いた髪の毛。砕けた頭蓋の残骸。床へと転がり落ちる、持ち主を失った目玉。
弾切れを起こしたゴーレムは、足元に転がる『死んだ人間の頭』を力任せに毟り取り、質量兵器の弾代わりとしたのだ。
「お前らぁあああ――――ッ!!」
【だめ!】
テトラの制止すら間に合わなかった。怒りに我を忘れかけたエルドラフの腹部に、矢継ぎ早に撃ち出された『人間の生首』が直撃する。
「――――がはっ!!!」
岩ほどの硬さはないため腹を貫通こそしなかったが、身に余る威力が直撃し、砲弾代わりの頭部はエルドラフの腹の上で無惨に破裂した。
そして重い衝撃が彼の身体を吹き飛ばし、壁へと叩きつける。
受け身を取る余裕など微塵もなかった。壁から床へとずり落ちたエルドラフには、もはや起き上がるための腕力すら残されていない。
血と肉片に塗れた服に気を遣う余裕もなく、嗚咽を誘う内臓の鈍痛に身を捩りながら、彼は廊下の闇を睨みつけた。
「……これじゃ、作戦が。間に合わな……」
【今はいいわ。ガルガンドもまだ、アンのことを襲ってない。それよりも、ここから逃げる為に――――作戦変更よ。早く体を起こして】
テトラの声音から、突如としてAIの擬似的な『人間味』が消え失せた。
「ど、どうしたんだ……」
【ギデオンは……もうこの階より上を捨てるつもりよ。外部用のゴンドラを動かして……『アイツら』を招き入れたわ――――】
直後、上階から長く悍ましい遠吠えが響き渡った。狭く硬いホストの防壁に反響し、絶対的な捕食者の到来を告げている。
「この声……アルファまで来たっていうのか。」
【アルファ?】
エルドラフは腹を押さえながら、弱り切った身体を必死に立ち上がらせた。
「狼の中の王。彼らを統率する奴が来たんだ。僕が……呼び寄せてしまった。」
闇の中で、人々の悲鳴と獣の咆哮が混ざり合い始めた。ホストを包んでいた安寧は、すでに去っている。




