36話 逸れない光
奇跡は、常に同じ形では現れない。
聖女エリシアは、それを知っていた。
戦闘後の簡易治癒。
軽傷とはいえ、傷の具合によって光の流れは微妙に変わる。
祈りは繊細で、ときにわずかに逸れ、ときに余計な熱を残す。
それが常だった。
兵士の腕に手をかざす。静かに息を整え、祈りを紡ぐ。
白い光が生まれる。
――揺れない。
エリシアの指先から伸びた光は、迷うことなく傷口へ流れ込み、過不足なく収束した。
兵士が目を見開く。
「もう、痛みません」
驚きと安堵の入り混じった声。
エリシアは微笑みながらも、内心で小さく首を傾げていた。
こんなに素直だっただろうか。
祈りはもっと、風に煽られる灯のようなものだったはずだ。
どこか別の方向へ引かれるような、見えない力に触れる感覚が、確かにあった。
だが今日は違う。
静かだった。
もう一人、かすり傷の兵士を呼ぶ。
再び祈る。
光は、やはり揺らがない。
まっすぐに届き、穏やかに消える。
まるで、空気そのものが澄んでいるかのようだった。
儀式を終え、エリシアは視線を上げる。
少し離れた場所で、リナが荷物を整理している。
その近くにはアルトが立っていた。
二人は何気ない言葉を交わしている。
特別な動きはない。だが、その距離は自然だった。
以前は違った。
三人で立っていても、どこか噛み合わない瞬間があった。
言葉が途切れ、立ち位置が微妙にずれる。気づけば勇者も聖女は中心へ、リナは外側へと押し出される。
それが当然の流れであるかのように。
だが今は、違う。
アルトは振り返れば届く位置にいる。リナは、外側へ弾かれていない。
その光景を見つめながら、エリシアは静かに理解する。
祈りは、場に影響される。
心の距離。
立ち位置。
交わる視線。
それらが整うとき、奇跡は乱れない。
「今日は、光が綺麗でした」
リナの声に、エリシアは瞬きをする。
「そう見えましたか」
「はい。……なんだか、まっすぐで」
まっすぐ。
その言葉に、エリシアは小さく笑う。
「ええ。今日は不思議と安定しています」
アルトが問いかける。
「今までは違ったのか」
「少しだけ、揺らいでいました。届くはずの場所に、届きにくい日も」
そう答えながら、二人を見る。
今は揺らいでいない。
空気は静かで、割り込む気配もない。
ただ三人が、自然な距離で立っている。
エリシアは胸の奥に芽生えた確信を、あえて口にはしなかった。
偶然ではない。
祈りが安定しているのは――三人の位置が、正しいからだ。
焚き火の煙が、まっすぐ空へ昇っていく。
その軌道もまた、揺らいでいなかった。




