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勇者パーティーの背景係  作者: 真咲


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32/49

32話 軋む世界

 嫌な予感は、朝から胸の奥に沈んだままだった。


 森は静かすぎるほど静かで、鳥の声も風のざわめきも、どこか遠くで鳴っているように感じる。

 遠征隊は慎重に隊列を整え、木々の間を進んでいた。私は最後尾の馬車の横を歩きながら、水筒の残量を確かめる。補給係としての、いつも通りの仕事。


 それなのに、落ち着かない。


 何かが、来る。

 そんな確信にも似た予感が、理由もなく胸を締め付けていた。


 次の瞬間、前方で爆ぜるような音が響いた。地面が震え、兵士の叫び声が重なる。

 木々を押しのけるように現れたのは、昨日とは比べものにならない巨躯の魔物だった。圧倒的な質量と殺気が、森の空気を一変させる。


 兵士たちが応戦し、アルトさんが前に出る。

 私は立ち止まった。前線に出る役目ではないと、頭では分かっている。


 けれど視界の端で、若い兵士が足を取られて倒れるのが見えた。魔物の爪が振り上げられ、その軌道の先には、咄嗟に庇おうと動いたアルトさんの姿がある。


 その瞬間、世界がひどく静まり返った気がした。


 ここで兵士が倒れる。

 アルトさんが庇う。

 そして、何かが決定的に変わる。


 そんな流れが、なぜか「分かってしまった」


 分かるはずがないのに、胸の奥が強く拒絶する。


 気づけば私は、救護袋を抱えたまま駆け出していた。

 前線に飛び込むつもりはなかった。ただ倒れた兵士のもとへ向かおうとしただけだ。補給係として、負傷者に手を伸ばす。それは役目の範囲を超えていないはずだった。


 けれど、私が一歩踏み出した瞬間、空気が軋んだ。


 目に見えない何かがずれる感覚。魔物の爪の角度が、わずかに変わる。アルトさんの剣が、本来よりも早く振り抜かれる。倒れていた兵士が転がり、土煙が上がる。


 轟音のあとに訪れたのは、悲鳴ではなかった。


 誰も、死ななかった。


 胸の奥が強く脈打つ。

 本来なら、ここで誰かが倒れていた――そんな確信めいた違和感が、ひどく生々しい。


 その瞬間、強烈なめまいが襲った。

 視界が揺れ、地面が波打つ。森全体が低く唸り、空気が逆巻くように重くなる。何かが、私を押し戻そうとしている。


 そこに立つな。

 その位置は違う。


 言葉にならない圧力が、確かにあった。


 それでも私は、倒れた兵士に手を伸ばした。


「立てますか」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。


 次の瞬間、圧力がふっと消える。

 森は何事もなかったかのように静まり返り、時間が再び流れ出した。


 アルトさんがこちらを見る。


 一瞬だけ、目が合った。その瞳には、はっきりとした戸惑いが宿っていた。まるで、違う結末を知っているかのような――そんな、微かな既視感。


 私は視線を逸らす。胸の奥が痛い。


 ただ助けようとしただけだ。役目を果たそうとしただけ。それなのに、何かを壊してしまった気がする。


 森を抜ける風が、冷たく頬を撫でた。遠くで木が軋む音がする。

 どこかで、見えない何かが書き換わったような、そんな感覚だけが、いつまでも消えなかった。

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