瞳に映った二人
年が明けて。
冬休みも残すところあと一日。
今年初めての雪が舞っている。
目覚めた時には。
空も街も白に覆われていた。
さすがに『樫の木』に訪れるお客さんも少ない。
コーヒーの匂いと、しっとりしたクラシックが漂う店内。
テーブルを拭く手に鈍く光る指輪が目に入る。
今、この瞬間を大切に好きを。
ううん。
愛を交感してきた私たち。
そんな、蓮くんが、未来を見せてくれた。
私が怖くて見れなかった。
ううん。
見ようとしなかった。
だって……
薬指の印をそっと指先でなぞる。
それでも。
蓮くんは、私との未来を描いてくれている。
でもね。
私は、今を見る。
だって。
怖いもん。
今までと変わらない。
この時に出来ることを噛みしめて。
「結衣ちゃん。休憩しよ」
風夏さんは、窓際のテーブルにマグカップを置いている。
「はあい」
私は掃除の手を休め。
風夏さんの向かいに腰掛ける。
すると。
首をかしげた風夏さんは。
「我ながらよきよき」
そう言って。
額に入った絵を私に見せてくれた。
「わあ! すごい……」
見開いたノート位の大きさの中の私と蓮くん。
人物は写真のようにリアルで。
背景は夕焼けのようなグラデーション。
まるで、二人が浮き出て見える。
向かって左側に蓮くん。
右側に私。
でも。
背中合わせなんだよね。
少し斜めを向いていて。
蓮くんはカメラを構えて。
私は目を閉じて。
少し微笑みながら。
胸の前で手を合わせていた。
「どう? お気に召して頂けたかな?」
「はい、もちろんです」
「ん? 何か気になるのかな?」
「気になるというか。どうして、背中合わせなんですか?」
「なんで? 何でだろうね。
描いていたらね、こうなったんだよね」
「ん?」
「色々ね、考えたんだよ。構図もポーズも背景も」
「描いてる時に、一番しっくりきたんだよね。この形が」
「そうなんですね」
「見つめあったり、笑顔の二人も、なんかね、結衣ちゃんたちには狭すぎて。通り越したらこうなってたのかな」
うん。
風夏さんの言い回しは。
相変わらず難しい。
「はあ……?」
「言葉で説明出来なくもない。聞きたい?」
「是非!」
「背中を任せられる関係って。命を預けられるほど信頼してるの」
「はい」
「そして、蓮くんはカメラを通して。結衣ちゃんはこころを通して。出逢って、育んで」
重ねた両手の指先を絡めた風夏さん。
「蓮くんは真っ直ぐに。結衣ちゃんは全身全霊。二人の空気が滲んだらいいなって」
私を見つめて。
ウインクを一つ。
「はい」
「背景は夕焼けでも朝焼けでも、どっちでもいい。宇宙の摂理だからね」
「宇宙の……摂理」
「二人の出逢いは必然って感じたからだよ」
「必然……?」
「説明しといてあれだけど、言葉より大切なこと。結衣ちゃんは知ってるはず。だよね?」
「はい」
それなら分かる。
言葉も大事だけどね。
その時の気持ちを偽りなく伝えるために。
だって。
私は出来ないけど。
駆け引きをして。
誤解を生むより。
全然まし。
そんなことする暇があったら。
蓮くんと一緒に笑ったり泣いたりしていたい。
だから。
お互いを想って。
自分がしたいと感じて。
自ら取る行動。
見返りは求めない。
ただ、好きだから。
それもお互いが同じように感じていないと伝わらない。
一人よがりになっちゃう。
でも。
私はそうしてきた。
もちろん。
蓮くんも。
だって。
ただ、そばにいるだけで。
会話がなくたって。
安心出来るんだもん。
「うんうん。結衣ちゃんだから蓮くんは、惹かれた。結衣ちゃんも蓮くんだから」
「はい。そう想います」
「ふふ。いいね。素直な結衣ちゃんを見てると。うーん。二人を見てると。お裾分けをもらえる」
「お裾分け……?」
「雲の合間から差し込む天使の梯子みたいに、辺りを照らしてくれる」
「ん?」
窓の外を見つめる風夏さん。
睫毛が下がって。
瞳が曇る。
「風夏さん?」
「そうだ。この絵なんだけど、展示会に出してもいいかな?」
「展示……会?」
「ちゃんと、絵はあげるから心配しないで。これも巡った縁だけど、そうだ!」
風夏さんは、意味あり気に片頬を上げた。
「?」
「展示会に蓮くんも誘ってみようかな。うん。それがいい。結衣ちゃん。蓮くんに話してくれるかな?」
「あ、ええ、はい」
髪を耳に掛けて。
マグカップに口をつける風夏さん。
その瞳は。
さっきのわずかな影は微塵もなく。
幼い子供のように透き通っていた。
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