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詩乃とハムオ、ときどき一颯  作者: 朝凪 紡


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8/9

今俺、返事できないけど

彼女は、よく俺(ハムオ)に話しかける。

というか、独り言が多い。

それに気付いたのは、ここで暮らし始めて数日経った頃だった。


朝――


「ハムオ、おはよ~」

(おはよう)

目を覚ますと、まず一言。

カーテンを開けながら、振り返る。

「今日、晴れてるよ」

(そうだね)


顔を洗いに行く前に、空気に言葉が溶ける。

「眠い~」

(起きたばっかだからだろ)


それから戻ってきて、髪を梳かしながら、続ける。

「今日髪型どうしよう」

(何でもいいんじゃない?…てか、仕事中帽子被るでしょ)

仕事柄、髪の毛は覆われた状態のはずだ。

それでも気になるものなのだろうか。

「お団子でいいや」

(じゃあそれで)

そこで、俺は彼女を見た。

後ろで髪をまとめる手が、止まったからだ。


「……やっぱぐるぐる巻きにしよ」

(言い方)

もちろん、俺の声は届かない。


仕事に行く準備をしている間、基本的には何か呟いている。

「今日忙しいかな~」

(忙しくないといいね)

「昨日結構暇だったから、今日忙しい気がする」

(それは、どういう理屈?)

「行きたくないな~」

(行きたくないんじゃなくて、まだ寝てたいだけでしょ)

それに関しては共感できる。

彼女の出勤時間は、俺には早すぎる。

朝四時半の時もあるくらいだ。

「まだ眠い」

(ほら)

予想が当たり、ドヤ顔をする。

そう思うと同時に疑問が浮かんだ。

(ハムスターにドヤ顔ってあるのか?)

まぁいいかと思いながら、あちこち動いて準備している彼女を目で追った。


そして、部屋を出る直前には、必ずケージを覗く。

「じゃあハムオ、行ってくるね」

(いってらっしゃい)

俺は、彼女の方に近づいて、見上げる。

それがいつもの流れになっていた。

「いい子にしててね」

(子供じゃないんだけど)

「帰ってきたら遊ぼうね~」

(しゃーなしな)

そうして、彼女がいなくなる。


***


夜――

「ハムオ~、ただいま~」

(おかえり)

あんなに早い時間から働いても、彼女の帰宅は遅い。


鞄を置きながら、ベッドに倒れこむ。

(先に着替えるか、風呂に入りなさい)

俺は、気持ち眉をしかめた。

「今日めっちゃ疲れた」

(そりゃそうだ)

そして起き上がり、着替えながら、今日あった出来事を話していく。

「聞いてよ、今日さ~」

(うん)


料理長がどうだったとか。

今日のお客さんがどうだったとか。

仕込みが多かったとか。

思ったより早く終わったとか。

誰かが面白いことを言っていたとか。

賄いが美味しかったとか。


「でね、そのときさ~」

(うん)

「私、絶対そっちじゃないと思ったんだよ」

(うん)

「そしたらやっぱり違ったの」

(だと思った)

「ね?」

(ね)


そしてふと思う。

(…なんで俺、心の中で相槌打ってんの?)

当然、彼女には何も聞こえていない。

俺が頷いているわけでもない。

それなのに彼女は、俺が聞いていることを疑いもしない。

(伝わるかとか、関係ないんだろうな)

らしい行動に、口角が上がる。

そんなことを考えてるなんて思いもしない彼女が、こちらに顔を近づけた。

「ハムオはどう思う?」

(どうって言われても)

「やっぱそう思うよね~」

(何を読み取った?)


俺の顔を見て勝手に納得している。

何も言ってない。

というか、言えない。

けれど、また、口角が上がりそうになった。


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