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詩乃とハムオ、ときどき一颯  作者: 朝凪 紡


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9/9

今日、静かじゃない?

詩乃は、よく話す。

そのことに慣れてきた頃――俺はある日、気づいてしまった。


「ハムオ~」

(ん?)

「今日のお昼、何食べよう」

(好きなもの食べれば?)

「麺かな」

(昨日も麺だったじゃん)

「でもご飯も食べたい」

(ご飯にしときなよ)

「でも麺……」

(……お米)


交わらない攻防が続く。


***


「ねぇハムオ。これ可愛くない?」

スマホの画面を見せられる。

(見えない)

「ほら」

(近い近い近い)

近すぎて、逆に見えない。

「可愛いよね~」

(うん)

多分ね、という感想は、心の声だとしても飲み込んだ。


***


「ハムオ、今日寒くない?」

(大丈夫)

「寒かったらちゃんと潜るんだよ」

(分かってる)

「これもう一枚入れとこうか」

(いらない)

「入れとくね」

(聞いた意味)


***


そんな調子で、彼女は一日の中で何度も俺の名前を呼ぶ。

朝起きて。

仕事に行く前。

帰ってきて。

ご飯を食べながら。

寝る前。


「ハムオ~」

(ん)

「ねぇハムオ」

(何?)

「ハムオ見て」

(見てる)

「聞いてよ~」

(聞いてるよ)


話す内容も、大したことじゃない。


今日の仕事のこと。

何を食べるか。

眠い。

お風呂がめんどくさい。

最近気づいたが、彼女は家にいると「めんどくさい」がやたら多い。

仕事中の姿からは、まるで想像できなかった。


(家と職場で違いすぎない?)

そう思う一方で、その落差が少しだけ気にかかる。


最初の頃は、

(俺、返事できないんだけど)

と思っていた。

それでも彼女は、毎日話しかけてくる。

そして俺もいつの間にか、心の中で返すことに慣れていた。


そんなある日——


「ただいま~」

(おかえり)

いつも通り、彼女が帰ってきた。

鞄を置いて、着替えて、俺のところへ来る。

「ハムオ、ただいま」

(さっきも言ってたよ)

頭を撫でられる。

そこまでは、いつも通りだった。


「……」

(……)


彼女は黙ってスマホを見ている。

ご飯を食べている間も、聞こえるのは食器と箸が触れる音だけ。

時々こちらを見て、目が合えば笑う。

ただ、それだけ。


(……?)


話すことがない日だってあるだろう。

そのうち、何か話すだろう。

そう思っていた。


(……今日、全然話さないな)


そこで、ふと引っかかった。

(……)

引っかかったことに、引っかかる。


(……いやいや、別にいいけど?)


俺はハムスターだ。

そもそも会話なんてできない。

毎日あれだけ話しかけてくる方が珍しいはずだ。

(……)

なのに、なんとなく落ち着かない。

理由の分からないざわつきを誤魔化すように、俺は回し車に乗った。


***


しばらくして、彼女がベッドに入る。

俺もいつものように、その隣へそっと降ろされた。

「ハムオ、おやすみ~」

(おやすみ)

彼女が電気を消そうと手を伸ばす。

(……)

今日は、本当にそれだけらしい。

どこか違和感を抱いたまま、俺はまぶたを閉じる。


そして、その時は、前触れもなく始まった。


「あ、そうだ。ハムオ」

(ん?)

身体を浮かせて横を向き、彼女がこちらを見る。

「今日ね、賄いがめっちゃ美味しかったの」

(……うん)

「魚だったんだけどね」

(うん)

「最初見たとき、今日魚か~って思ったんだけど」

(うん)

「食べたらめっちゃ美味しくてさ」

(よかったじゃん)

そこから、今日の賄いの話が始まった。


どういう味だったとか。

誰が作ったとか。

思ったよりご飯が進んだとか。

おかわりしようか迷ったとか。


正直、どうでもいい。

(どうでもいいんだけど…)


「それでね~」

(うん)

いつも通りの声に、ふっと身体の力が抜ける。

(……ほんと、よく話すな)

そう思いながら俺は、再び目を閉じた。

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