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詩乃とハムオ、ときどき一颯  作者: 朝凪 紡


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7/9

回し車、舐めてたわ

一緒に住み始めてしばらく経った頃——


俺は、目の前に置かれたそれを眺めていた。

(……)

回し車。


知っている。

もちろん知っている。

ハムスターが乗って、ひたすら走るやつだ。


「ハムオ~」

彼女が、ケージの外からこちらを覗き込む。

「これ、回し車だよ」

(知ってる)

「こうやって使うんだよ」

指先で、くるりと回してみせる。


(それも知ってる)

俺を何だと思っているんだ。

それは、愚問だ。

ハムスターだと思っているに決まっている。


それなら仕方ない、と、一人納得する。


「乗らないの?」

(乗らないよ)

俺は人間だ。

身体はこんなことになっているが、中身までハムスターになったわけじゃない。

わざわざ同じ場所を延々と走り続けることに、何の意味がある。


「そっか」

興味がないと思ったのか、彼女はあっさりと離れていった。

(……)

目の前には、回し車。

(……まぁ、少しくらいなら)


この身体で走る感覚がどんなものなのか、確認しておくのも悪くない。

別に、興味があるわけではない。

今後しばらくハムスターとして生活する以上、身体能力を把握しておくのは大切だ。


(うん)

必要な確認だ。

回し車へ前足をかける。

乗る。


(……)

一歩。

からん——

(お)

もう一歩。

からん。

からん。

(なるほど)

思ったより軽い。

少しだけ速度を上げる。

からからからから——


(……おぉ)

走った分だけ、足元が後ろへ流れていく。

当然、身体は前へ進まない。

なのに、妙な爽快感がある。


(これ……)


さらに速度を上げる。

からからからからからから——

(結構、楽しいな)

風を切っているような感覚。


身体が軽い。

人間だった頃より、ずっと速く足が動く。


(すげぇ)

からからからからからからからから——

楽しい。

普通に楽しい。


「……ハムオ?」

(ん?)

声に気付いて、足を止める。


勢いの残った回し車に身体を持っていかれそうになりながら、どうにか踏ん張った。

ケージの外を見る。

彼女が、笑いを堪えるように口元を押さえていた。


「めっちゃ走ってるじゃん」

(……)

「さっき全然興味なさそうだったのに」

(別に)

身体能力の確認だ。


「気に入った?」

(まぁ)

悪くはない。


「よかった」

嬉しそうに笑っている。

(何、その顔)

なんだか無性に恥ずかしくなって、回し車から降りる。


「もういいの?」

(終わり)


もう、十分確認した。

もう乗らない。

少なくとも、今日は。


***


夜——


彼女はベッドで眠っている。

(……)

俺は、眠れない。


布団の中で、何度か寝返りを打つ。

(……)


暇だ。

視線を向ける。

そこには、回し車。

(……)


少しくらいなら。

昼間とは違って、今なら誰にも見られない。

開けっ放しのケージに向って歩く。

そして、回し車に、そっと一歩。


からん——


もう一歩。

からん。


(……)

少し速くする。

からからからから——


(やっぱ、いいな)

さらに速くする。


からからからからからからから——

無心で走る。

何も考えなくていい。

ただ足を動かしているだけなのに、妙に気持ちがいい。


(これ作ったやつ、天才だろ)


からからからからからからからから——


「……ハムオ?」


(!)

ぴたりと足を止める。


恐る恐る、ベッドの方を見る。


「ふふっ……」


彼女が布団から顔だけを出して、こっちを見ていた。

(起こしちゃった?)

「楽しい?」

(……)

「いいよ、回してて」

(……寝れる?)

回し車の音は、かなり大きな音のように聞こえる。

「おやすみ~」

そんなことは気にならない様子で、彼女は再び布団へ潜っていく。


(……)


静寂。

回し車の上で、しばらく固まる。

(……もういいか)


降りた。

今日はもう乗らない。


***


翌朝。


「おはよ~」


彼女が起きる。

俺を見る。

回し車を見る。

もう一度、俺を見る。


「……珍しいね」


(うるさい)

俺は今日も、回し車の上にいた。


ハムスターの回し車。

正直、舐めてた。


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