風呂、長くね?
「お風呂入ってくるね~」
(いってら)
そう言って、彼女が部屋を出ていった。
それからしばらく。
俺はベッドの上を適当に歩き回ったり、布団に潜ったり、出たりを繰り返していた。
特にやることもない。
ぼふん——
(暇だな)
ハムスターになってからというもの、時間の流れがやたらと遅く感じる。
スマホも触れない。
本も読めない。
テレビをつけることすらできない。
ゲームもできない。
できることといえば、寝るか、食べるか、走るか。
(暇すぎるだろ)
仕方なく、布団の中へ潜る。
彼女が戻ってくるまで、寝ていよう。
そう思って、目を閉じた。
***
(……)
目を開ける。
何の音もしない。
(まだ戻ってない?)
身体を起こして、部屋を見渡す。
(いない)
遠くで水が降る音がしている。
俺は、机の上の時計へ視線を向けた。
(……ん?)
もう一度見る。
(いや、長くね?)
彼女が部屋を出てから、もう一時間以上経っている。
女性の風呂が長いことくらいは知っている。
髪も長いし、乾かす時間だって俺よりは長いだろう。
(まぁ、そんなもんか…?)
もう一度、布団へ潜る。
***
そして、再び目を覚ました。
(……いない)
時計を見る。
(……いやいや)
二時間——
さすがに長すぎる。
(何してんの?風呂に二時間もかかることある?)
いや、あるのかもしれない。
知らないけど。
(……)
時計を見る。
扉を見る。
また時計を見る。
彼女が部屋から出て、何度時計を見ただろう。
(大丈夫だよな?)
ふと、嫌な想像が頭をよぎる。
寝てる、とか。
体調悪くなってる、とか。
風呂場で倒れてる、とか。
(……)
じっと扉を見る。
(いや)
さすがに気になる。
俺は布団から這い出した。
ベッドの端まで行き、下を覗き込む。
(……高)
今の身体では、床までが異様に遠い。
それでも、どうにか降りられないこともない。
(行くか)
そう思った瞬間——
ぴたっ、と動きが止まった。
(……いやいやいや、待てよ…どこへ…?)
風呂だぞ。
そう心で制止する。
(ダメでしょ)
いくらハムスターとはいえ、中身は俺だ。
何食わぬ顔で風呂場へ突撃するのは、違う。
(何しようとしてんだ、俺)
引き返す。
二歩。
止まる。
振り返る。
(……でも二時間だぞ?)
また進む。
止まる。
(いや、だからダメだって)
戻る。
(……)
進む。
(いや)
戻る。
(……)
我ながら、何をしているんだろう。
そもそも——
(どう頑張っても入れねーじゃねーか)
この身体で風呂場まで辿り着いたところで、扉を開けられない。
心配するだけ無駄だった。
(……寝よ)
諦めて、布団へ戻ろうとした。
その時。
がちゃ——
扉が開く。
「入りすぎたぁ…」
(……ほんとにね)
髪を乾かし終え、少し疲れたような顔の彼女が戻ってくる。
「ハムオ、起きてたの?」
(起きてたよ)
「お風呂長くなっちゃった」
(長くなっちゃった、じゃないよ)
「いや~、湯船入ったら出られなくなっちゃって」
(出ろよ)
「のぼせたぁ」
ベッドにダイブする。
(でしょうね)
その姿を見て、身体から力が抜けた。
(……まぁ、いいけど)
何もなかったなら、それでいい。
「ハムオ?」
差し出された手に、素直に乗る。
「もしかして、待ってた?」
(……)
「寂しかった?」
(違う)
「ふふっ、ごめんね」
(違うって)
嬉しそうに笑いながら、俺を頬へ寄せる。
(……)
否定したところで、どうせ伝わらない。
だから、そのまま大人しく撫でられておくことにした。
けれど次から彼女が、
「お風呂入ってくるね~」
と、言うたび。
(今日は浸かりすぎんなよ)
そう思うようになる、ハムオだった。




