一緒に帰りたくないこともない
それは、無意識下のことだった。
二十二時二十分——
夜営業も終わり、残るのは片付けだけになっていた。
今日は、いつもより少し忙しかった。
それでも締め作業は順調に進み、定時には問題なく上がれそうだ。
(あと十分か)
そんなことを考えながら、残っている作業を片付ける。
料理長は、少し離れたところでパソコンと睨み合っている。
羽柴さんは後輩と一緒に、最後の拭き掃除をしていた。
時計を見る。
二十二時二十八分。
(……あ)
ふと、備品の在庫を確認していなかったことを思い出した。
明日でもいい。
急ぎのものがあるわけでもない。
けれど、今日のうちにやっておいた方が楽そうだ。
備品庫へ向かい、発注用紙を手に取った。
***
しばらくして、背後に気配を感じた。
振り返る。
「……」
彼女が、こっちを見ている。
「……」
何も言わない。
けれど、その顔が言いたいことは、なんとなく分かる。
(もう上がる時間か)
時計を見る。
二十二時三十分を過ぎていた。
「……やっとかないとね」
そう言って、再び発注用紙へ視線を落とす。
もう彼女以外の同僚は帰ったようだった。
「…………先、帰っていい?」
「……」
顔を上げる。
帰る。
当たり前だ。
もう定時を過ぎている。
仕事も終わっている。
残る理由なんてない。
「……」
なのに、なぜかすぐに返事が出なかった。
自分でも、その理由はよく分からない。
視線を発注用紙へ戻す。
すると、少しして彼女が息を吐いた。
「……なら、付き合ってあげよう」
「……」
顔を上げる。
けれど、彼女はもうこちらを見ていなかった。
少し離れたところで、何かを磨き始めている。
(……それ、もう終わってなかった?)
そう思ったけれど、口には出さなかった。
再び視線を落とす。
「……」
(…?)
さっきより、少しだけ手が軽くなった気がした。
***
発注を終え、彼女のところへ向かう。
「終わった?」
声をかけられる。
「終わった」
そのまま二人で、料理長のもとへ向かった。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
挨拶を済ませ、それぞれの更衣室へ入る。
俺も、特別着替えが遅い方ではない。
……はずなのだが。
更衣室を出ると、羽柴さんはすでに着替えを終え、タイムカードまで切っていた。
(速)
速いのはいつものことだけど、今日は一段と速い気がする。
(早く、帰りたいんだろうな…)
廊下ですれ違う。
「おつかれ~」
そんなことを思わせないような、軽やかな挨拶。
「おつかれ」
そのまま通り過ぎようとして、ふと足を止めた。
「今日、真っ白じゃん」
振り返った俺につられるように、彼女も振り返る。
「せやで」
なぜか得意げな顔をして、その場でポーズを取った。
「……」
(何してんの、この人)
白いトップスに、白いボトムス。
頭以外、真っ白だ。
本人は満足そうだし、スルーもツッコミの内なので、何も言わずタイムカードを押す。
足早に振り返ると、まだそこにいた。
「……」
「……」
どちらからともなく歩き始める。
一緒に帰ろうと、約束したわけでもない。
待っていてほしいとも、待っているとも言っていない。
それでも自然と隣を歩き、他愛もない話をしながら駅へ向かった。
(……)
なぜか帰り道の足取りは、いつもよりゆっくりだった。




