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詩乃とハムオ、ときどき一颯  作者: 朝凪 紡


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5/9

一緒に帰りたくないこともない

それは、無意識下のことだった。


二十二時二十分——

夜営業も終わり、残るのは片付けだけになっていた。

今日は、いつもより少し忙しかった。

それでも締め作業は順調に進み、定時には問題なく上がれそうだ。


(あと十分か)

そんなことを考えながら、残っている作業を片付ける。

料理長は、少し離れたところでパソコンと睨み合っている。

羽柴さんは後輩と一緒に、最後の拭き掃除をしていた。


時計を見る。

二十二時二十八分。


(……あ)

ふと、備品の在庫を確認していなかったことを思い出した。


明日でもいい。

急ぎのものがあるわけでもない。

けれど、今日のうちにやっておいた方が楽そうだ。


備品庫へ向かい、発注用紙を手に取った。


***


しばらくして、背後に気配を感じた。

振り返る。


「……」


彼女が、こっちを見ている。


「……」


何も言わない。

けれど、その顔が言いたいことは、なんとなく分かる。


(もう上がる時間か)

時計を見る。

二十二時三十分を過ぎていた。


「……やっとかないとね」

そう言って、再び発注用紙へ視線を落とす。

もう彼女以外の同僚は帰ったようだった。


「…………先、帰っていい?」

「……」

顔を上げる。


帰る。

当たり前だ。

もう定時を過ぎている。

仕事も終わっている。


残る理由なんてない。


「……」


なのに、なぜかすぐに返事が出なかった。

自分でも、その理由はよく分からない。

視線を発注用紙へ戻す。


すると、少しして彼女が息を吐いた。


「……なら、付き合ってあげよう」

「……」

顔を上げる。


けれど、彼女はもうこちらを見ていなかった。

少し離れたところで、何かを磨き始めている。


(……それ、もう終わってなかった?)


そう思ったけれど、口には出さなかった。


再び視線を落とす。


「……」


(…?)

さっきより、少しだけ手が軽くなった気がした。


***


発注を終え、彼女のところへ向かう。

「終わった?」

声をかけられる。

「終わった」


そのまま二人で、料理長のもとへ向かった。

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

挨拶を済ませ、それぞれの更衣室へ入る。


俺も、特別着替えが遅い方ではない。

……はずなのだが。


更衣室を出ると、羽柴さんはすでに着替えを終え、タイムカードまで切っていた。

(速)

速いのはいつものことだけど、今日は一段と速い気がする。

(早く、帰りたいんだろうな…)


廊下ですれ違う。

「おつかれ~」

そんなことを思わせないような、軽やかな挨拶。

「おつかれ」

そのまま通り過ぎようとして、ふと足を止めた。


「今日、真っ白じゃん」

振り返った俺につられるように、彼女も振り返る。

「せやで」

なぜか得意げな顔をして、その場でポーズを取った。

「……」


(何してんの、この人)


白いトップスに、白いボトムス。

頭以外、真っ白だ。


本人は満足そうだし、スルーもツッコミの内なので、何も言わずタイムカードを押す。

足早に振り返ると、まだそこにいた。


「……」


「……」


どちらからともなく歩き始める。


一緒に帰ろうと、約束したわけでもない。

待っていてほしいとも、待っているとも言っていない。


それでも自然と隣を歩き、他愛もない話をしながら駅へ向かった。


(……)


なぜか帰り道の足取りは、いつもよりゆっくりだった。


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