どこのブラック企業だ
その苦悩は、机に置かれた、一枚のシフト表から始まった。
仕事から帰ってきた彼女は、そのまま、机の上へ手に持っていたものを何気なく置いた。
(なんだ、あれ)
「ただいま、ハムオ」
今日も、机の上へそっと降ろされる。
そして彼女は先ほどの紙を、壁へ立てかけた。
一枚の紙なので、そんな簡単に立つこともなく、立てては垂れての繰り返し。
(なんで諦めないのよ)
少し呆れ気味に、そこへ歩いていく。
すると、紙の内容が、目に入ってしまう。
日付、勤務時間、休日。
(シフト表か、って…え?……)
“羽柴”と書かれた欄に沿って、視線をスライドしていけばいくほど、信じられない量の出勤という文字。
(出勤)
翌日。
(出勤)
さらに翌日。
(出勤)
(出勤)
(出勤、まぁ五勤くらいは普通だもんな)
そこからも、出勤は止まらない。
(出勤)
(出勤)
(出勤)
(出勤)
(……)
思わず、慣れない手で目を擦る。
もう一度見る。
(出勤)
(出勤)
(出勤)
(……休み)
ようやく違う文字が検出された。
もはや、出勤という文字を見すぎて、暗号に見えてきそうだ。
一瞬、これ以上見ないようにしようとさえ思った。
しかし、そのまま見続ける。
そして、出勤はまだ続く。
(出勤)
(出勤)
(出勤)
(出勤)
(……)
(いや)
三度見した。
(連勤しすぎだろ)
絶句する。
忙しいのも、休みが少ないのも、知っていた。
けれど、こうして紙に並べられると話は別だ。
(これ、現代の人間の働き方か……?)
ホテルって、こんなに働くものなのか。
俺の知っている会社員とは、少し世界が違う気がした。
「どうしたの?ハムオ」
紙を支えながら彼女が、尋ねてくる。
(どうしたの?じゃない)
紙と彼女を見比べる。
(あなた、これ見て何とも思わないの?)
「ん?」
俺の視線に気付いたのか、紙を平坦に置いた。
「あ、シフト?」
(そう、それ)
「今月も連勤多いよね、もうちょっと寝たいんだけど」
どうやら、無茶な働き方だという自覚はあるようだ。
「あ、でもほら!来月は今月よりまだましなんだよ」
ある個所を、指さしながらこちらに顔を向ける。
「ここ、休み!」
(うん…)
「しかも、この日は定時で帰れそう!」
(まぁ確かに喜ばしいことではある)
けれど、俺は頭を抱えたくなった。
一緒に働いていた頃は、バイト同士だったのもあって、そんなに連勤もしていなければ、残業もなかった。
あっても三十分だ。
しかし、今の彼女にとっては、この勤務表が日常なのだ。
だから、違和感はあっても、それはそれで普通なのだろう。
(にしても、働きすぎだって)
「ハムオ?」
心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
(どうしたの?じゃない)
本日二回目。
返事ができたなら、真っ先にそう言っていた。
当の本人ですらどうにもできないシフトだ。
俺がどうこうできるわけもない。
ため息をつきながら、シフト表から離れた。
彼女は最後まで、不思議そうに首をかしげていた。
その視線を背に、
(お金、稼ご)
密かに、そう決心する一颯でした。




