ベッド派
それは、ペットショップに行った日のこと——
***
部屋へ戻ると、彼女は休む間もなく袋を開け始める。
「やりますか」
箱から取り出される透明なケース。
小さな回し車に給水ボトル。
餌入れ、床材、その他諸々。
「組み立てるの久しぶりだな~」
(嬉しそう)
その横顔を見ながら、俺はぼんやりと思った。
彼女は説明書を見ながら、手際よく組み立てていく。
仕事でもそうだが、彼女はこういう作業になると妙に速い。
ものの十分ほどで、ケージが整備された。
「でけた」
満足そうに笑う。
(なんやねん、でけたって…)
彼女は時々変な、言葉を発することがある。
「できた」と言ったのだろう。
「おいで」
そのまま俺をそっと抱き上げる。
「はい」
ふわり、と新しい家へ降ろされた。
木の香りがする。
しかも床材がふかふかだ。
二階まである。
(本格的)
というより、思っていたよりも豪邸だ。
「どう?」
しゃがみ込んで、目線を合わせてくる。
「新しいお家だよ」
(どうって言われても……)
何とも言えないというのが、正直な感想だ。
「気に入ってくれるといいな」
柔らかく微笑んでいる。
思わず、顔をそむけた。
(まぁ、悪くはない)
むしろ、かなりいい。
しかし、俺は一通り回って、入口の前に戻ってきた。
それから動かなかった。
「ん?」
首を傾げる彼女。
「まだ慣れないのかな…まぁそうだよね、初めての場所は怖いよね」
(違う)
俺は引き続き、動かずじっと彼女を見る。
「うーん…出たいの?」
そう言った彼女の手のひらが、目の前にやってきた。
(そうゆうこと)
俺には、どうしても譲れないことがあった。
前足を前に進めると、彼女はなんとも言えない嬉しそうな顔でもう片方の手も追加で添えた。
そしてゆっくりと平行にベッドへと運ばれる。
俺が、譲れないこと、それは——
(ベッドがいい)
***
夜も深くなり、俺はベッドからすくい上げられそうになる。
(嫌だ)
そっと前足を踏ん張った。
「ん?」
身体とベッドの隙間に入り込もうとする指を、全身で拒絶する。
(絶対、嫌)
布団に身体をぺたっと押し付ける。
「あ、全然持たせてくれない」
声を出して彼女が笑う。
(俺はここで寝る)
もう一度持ち上げようとした彼女。
俺は、ふと思い出したように、声を出した。
「ぢぅっ!」
「あ、ごめん…!痛かった?」
(大丈夫だよ)
彼女は心配そうにこちらを見つめて、背中を撫でる。
そして——
「……仕方ないね」
(よし、勝った)
すると、少し困った表情の彼女が、時計を見て呟く。
「まだ、いけるか」
(何が?)
立ち上がって、机の引き出しをごそごそと探し始めた。
出てきたのは、何やら収納箱のようなものと、布。
(……いやいや、まさかね)
けれど、思いついた予想は、当たってしまった。
彼女は、裁縫を始めたのだ。
目つきが変わる。
そこからは、職人だった。
手慣れた様子で、布を裁断。
針に糸を通し、せっせと縫っていく。
(早っ)
仕事でも器用だとは思っていた。
(本人は、これでもかってくらい不器用だって言い張ってるけど)
裁縫も好きだと言っていたから、できることは知っていた。
けれど、それにしても手際が良すぎる。
「できた」
今回は、普通の「できた」だった。
目前に現れたのは、四角いふわふわの布。
掛け布団だ。
(……)
「ほら、これで寒くないでしょ?」
首を軽く傾けながら、俺を見る。
(寒くないでしょ…って、まぁ確かに)
実際、昨日のタオルは少し、寒かった。
「ハムオ全然動かないし、大丈夫だろうけど、心配だから柵も作ってみた」
それは、ベッドを囲むほどの、布の柵。
(え、この短時間で、そんな作ったの…?)
布なのに縦にしても、しっかり立っているそれは、俺の知らない特殊な布でも使っているのだろうか。
わからないことが多すぎて、俺は、もう考えるのをやめることにした。
「はい」
優しく背中に、布団がかけられる。
(……めっちゃいいんだけど)
悔しいくらい寝心地がいい。
その夜——
俺は心に誓った。
(是が非でも、ベッドで寝よう)




