閑話:それぞれの幕開け
~とある小動物の場合~
ミカと呉羽が仲良く登校した、一見平和そうな学校のとある教室。
生徒の数は疎らで、まだ朝早いことが窺える。
校庭からは運動部の朝練の音が聞こえる。
「あれ? あの先輩仲直りしたんだ」
「んぅ? なにが?」
「ほら、あんたが言ってた先輩よ。何か仲良く手繋いで登校してるわよ」
「な、なぬっ!?」
慌てて窓を見下ろせば、成る程、髪の派手な男子とメガネを掛けた地味な女子が仲睦まじげに歩いている。
「うぅ、うぬぬぬぬぬぬっ! おのれ一ノ瀬ミカ! あのまま喧嘩別れしておればいいものをっ!」
「あんた何処の武将よ……」
ふるふると拳を震わす女生徒に、友人である女生徒が冷静に無表情で突っ込みを加えた。
そして続けてこう述べる。
「うさ子……人の好みなんてそれぞれなのよ? 折角幸せそうにしてるんだから潔く祝福なさいよ」
「何おぅ! 瀬戸ちゃんには分からないんだ! 如月先輩はっ、如月先輩はっ、一匹狼だからこそ格好良かったのにぃっ!!」
うさ子と呼ばれた女生徒。
彼女は今年入学した一年で、本名を 宇佐和 りせ という。
背は140とちょっと。色素の薄い髪を高い位置で二つに結んだその姿は、見る者にホーランド・ロップを思い起こさせる。
因みに、ホーランド・ロップとは耳の垂れた愛らしい兎の種類である。検索してみれば、非常に愛くるしく癒される画像がトップに並ぶことだろう。
そんな癒しの小動物の彼女を、皆愛着を持って“うさ子”と呼んでいた。
そしてそのうさ子は、友人である 瀬戸 春香 の先ほどの言葉で不機嫌そうにプクリと頬を膨らませている。
その姿たるや、まさに頬袋に餌を目いっぱい詰めし込んだハムスターかリスか。
当の本人であるうさ子はそれに気付かない。
友人の春香は欲望の赴くままにその魅惑の頬に指を突き立てた。
「ぷっ? もー、瀬戸ちゃん何するの!」
「いや、何か宇宙からの交信で今すぐうさ子の頬袋を征服せよと……」
「電波!? それにしても頬袋って! 私ハムスターじゃないもん! ぶー、ぶー!」
「や、今まさにそれだから」
またもや頬を膨らませ、ブーイングしている姿に春香は呆れた溜息を吐くも、その手はまっすぐうさ子の頬に向かっている。
そんな彼女達の様子を廊下から見つめる者が居た。
「……しょ、小動物、っ……」
「ひっ!? ふ、福山センセ!?」
「ちょっ!? ヤバくない? あれ!」
「い、いつにも増して顔が怖い事になってる!」
「そっとしておこうぜ……」
そう、それはミカの担任の、実は小動物好きな 福山 譲 であった。
彼はうさ子の小動物的な癒される愛らしさにやられていたのだ。
福山先生は今、己の欲望と戦っていた。
何気なく歩いていた廊下で、ふと傍らの教室を眺めたら見つけてしまった小動物。
彼は小さな生き物が好きである。
見ると抱き締め頬摺りしてしまいたくなる程に好きである。
今まさにそんな欲望が彼の心を渦巻いていた。
嗚呼、今すぐ抱き締めたい。そして膝に乗せて愛でたい。ブラッシングしてその毛並みに頬摺りしたい。出来る事なら愛猫のジャクリーヌを抱っこさせて撮影会がしたい。
何処か変態じみた願望であるが、疚しい気持ちは一切無い。ただ純粋に小さな動物を猫可愛がりしたいだけである。
よもや福山先生が、そんな事を考えている等とはつゆ知らず、周りの生徒達は、触らぬ神に何とやら、とばかりに遠巻きにするのだった。
~とある同級生の妹の場合~
「お兄ちゃん!」
「真奈美?」
朝、学校へ向かうカーリーこと 仮屋崎 学 であったが、彼の妹であり実はドール教信者ロリータ三人衆の一人である黒苺、本名は 仮屋崎 真奈美 であった。
彼女は企んでいた。
少し前に、己の崇拝するドール様が表紙になっているファッション雑誌を見せても無反応だった兄。
同じドール様を愛する友人紅百合によって兄が恋をしているかもしれないことを知ったのである。
その後、もう一人の信者である小豆も入れ作戦会議が行われた。
そして……。
「実はお兄ちゃんにお願いがあって……」
「お願い?」
「今度家でお友達呼んで勉強会しようと思うんだけど……」
「それはいい心がけだな」
「……えっと、それでね? 勉強教えて欲しいんだけど……」
「ああ、僕は構わない……」
「ああ! 実はお友達の一人は男性恐怖症でね!」
「なに!?」
「出来れば女の人に教えてもらいたくて……誰かお兄ちゃんの知り合いでいないかな?」
作戦はこうである。
こちらがこのようにお願いすれば、兄に近しい人でこんなお願い事を頼むような相手は余程仲いい友人か兄の想い人に違いないと、友人であれば何か聞けるかもしれないし、恋の相手であればそのまま応援するなり協力することは出来るだろう。
そうして兄に借りも作れるし、あわよくばその女性もドール教信者に引き込んでしまおうという魂胆である。
最近受験一色だったのでいい気分転換となるだろう。
「うーん、女子か……」
「お兄ちゃんと親しい人で引き受けてくれそうな人いる?」
「うーん、いなくもないけどな……」
「え!? だれだれ?」
「いや、隣の席になった女子なんだが……いやでも」
渋る素振りを見せる兄に、ここぞとばかりに妹スキル『甘える』を発動する。
「ねー、お兄ちゃん。お願ーい」
「仕方ないな、お願いするだけしてみるよ。無理でも文句言うなよ?」
「うん、わかったー」
流石兄貴ちょろい、と内心思いながら返事をする。
妹の直感的なもので確信した。きっとその女子が恋の相手だと。
恋でないにしても、それに近い気になる人物であろうと。
一体兄の想い人とはどんな人なのだろうか。
まだ見ぬ人物に思いを馳せ、作戦が今から楽しみな真奈美なのであった。
~とある後輩達の場合~
「よう、おはよう元気ー! 珍しいじゃんか、こんな時間に登校なんて」
「んあ? ああ、みことか。おはよう」
「何か元気ないな。部活はどうしたのさ?」
「何か夢見が悪くてさ。寝坊したんだ。みことこそ、最近は早く登校してたのに今日はギリギリだな」
「いやー、夕べは夜更かししちゃって……。実は見ちゃったんだ。ほら、あのバカップルの片われの派手な先輩。あの人が、凄い美人な人と歩いてるのをさ……しかも、そのまま高級マンションに入っていったんだ」
「あー、何か最近みことが気にしてる重箱バカップル……」
「何だよ、重箱バカップルって……と、とにかく! いよいよ完璧に別れちゃったってことかな? もしかしてあの美女が原因!? あぁ~きになる~!」
「んー、難しいことはわかんねーけど、先輩に聞いてみればいいんじゃないか?」
「そ れ だ !」
「えーと、先輩名前なんだっけ?」
「何言ってるんだよ元気は! 絶対本人の前でそういう事言わないでよ?
斉藤 陽子 先輩だよ。全く、ちゃんと覚えてよ?」
こうして彼らは、今日の昼休みにでも先輩の元に訪ねにいこうと考える。
しかし、この後教室で、よりを戻したバカップルの話を聞いて困惑したり、昼休みに先輩の元へ行ったら別人が出てきて混乱したりと一波乱あるのだが、今の彼らにはまだわからないのであった。
新キャラうさ子ちゃん登場。
ロンリーウルフな呉羽に憧れを持っています。
他のキャラ達も色々始動。




