第二話『微睡む竜の半眼』-4-
ーーところで。
光莉も探している三つめの軍団旗は、いまだに発見されていない。そもそも軍団旗の実物はどれもまだ、発掘されていないのだ。しかし第Ⅰ軍団と第Ⅱ軍団の軍団旗と、第Ⅲ軍団の軍団旗では根本的に異なる可能性がある、と悠太郎は光莉から聞いたことがあった。
魔法のようなものがあるのだと。逆引きの物語であり、現実が物語を左右するように、物語が現実を作用するという『描写』があるのだ、と悠太郎は話に聞いた。
虎徹と悠太郎が話をしているそんな時だ。悠太郎の唯一の知り合いでありながら、あまり話していない彼女が頰を膨らませているわけではないが、面白くなさそうな顔で、
「面白そうな話題かー?」
割って入ってくる光莉は、すぐ隣に座っていた悠太郎を抱き寄せ、がるる、犬歯を見せて、虎徹を威嚇した。どうやら、彼女は彼女で楽しいという思い以外に、ちょっと寂しく感じていたようだ。
光莉の『渾身の威嚇』に対して虎徹は両手を挙げて、譲るよ、と言わんばかりに悠太郎を進呈するような手の動きを見せた。
獣は宥めないと、暴れてしまうだろう。絶対に言葉にできないことを考えながら、悠太郎は、
「話は終わったんですか?」
「クロスファイアートークしておいてよく言うよ」
光莉は口先を尖らせた。彼女はご不満だ。悠太郎はなんだかそれがおかしく思えた。
「皆とはまだ頭の中で会議中だ。インプラントのデータリンクで。……おい、虎徹!苦手だからって、他人みたいに素知らぬ顔ってわけにはいかないぞ。ちゃきちゃき吐いて報告しないと、榊にポカンされるぞ」
「……勘弁だよ、光莉。仕方ない苦手で嫌いなんだけどな……脳味噌を掻き回されてジュースになった気分になるんだ」
虎徹は渋い顔に、おまけに眉間のシワだ。
「お前はあんまり、インプラントと親和性が高くなかったからな。酔い止め、置いとくよ」
「ありがと」
光莉は、とん、とん、と自分の頭を叩いた。インプラントした器械がデータをやりとりしているらしい。クローズデータリンクで、直接かつ短距離に限定する為にゲットオンに一席設けたのだろうと悠太郎は推測した。悠太郎のインプラントは、彼女たちのネットワークと接続していない。だから具体的なやりとりは、視覚的にもデータ的にもわからなかった。
虎徹は肩をすくめながら、これで終わりにしようと切り上げるつもりらしい。話し合いに逃げることは許されず、強制的に放り込まれる。
勝った、と言わんばかりに光莉はガッツポーズを決めながら話しかけてきた。
「三つめの軍団旗の話に、この光莉さんを弾くなんて許せない!」
悠太郎は「酒でも飲んでいるのか?」と疑った。光莉の調子が良すぎるのだ。だが、彼女の艶やかな唇の奥からは、アルコールの香りは無かった。シラフで『これ』なのだ。
「そも、三つめの軍団旗がどうして大切なんですか?粘土板にしたって偽物……ゼロから最後まで悪戯で作られたものと考えられているのにです」
「不思議かな。あと別に粘土板だけじゃないんだけどね。海底から見つかったのが焼成された粘土板だっただけだから、そのあたりはお間違いなく」
「とても、が付くほどには不思議ですね。それ以上に、光莉がオカルトにお熱なのも不思議すぎですが」
悠太郎の率直な感想だ。粘土板は、海底の熱水噴出孔で焼成されたとオカルト話では有名だが、順序が逆なのだ。
光莉は言葉を選ぶような間を空けて、
「オレ自身を知りたいからというものがあるよ。言葉にするのは難しいんだけど……たぶんこれが、オレがオレの人生で探していた何かのきっかけになるかもしれない。そんな勘が光ったから真面目をやっているんだ」
悠太郎には、わからない感覚だった。彼には第六感という思いつきを信じきることができない。手酷い過去もあった。だからこそ、なぜ、と思う気持ちがあった。あったが、彼にそれを言葉として吐くつもりもなかった。彼はどこかで、誰に対しても冷たい一面があるのだ。
だからこそ、
「夢がありますね」
と、悠太郎は言った。
「いいさ、センパイはいつだって冷血漢だもんなー、これだよ」
「そんなことはありません」
悠太郎は嘘を吐いた。だがどうやら、光莉は見抜いているようだ。見抜いていて、それでも光莉は話を続けた。聞いてほしいから、あるいは今がその時なのか、とにかく彼女が口を開くなんらかのきっかけが揃っているのだろう。
「まあいいけどーーあっ」
ふと、光莉が何かに気がついたように『窓の外を見た』と悠太郎が気がついたら、音を聞く。ガラガラとシャッターが降る音だ。外の景色が見えていたはずの窓が、電気的に不透明に変えられ、頑健な装甲シャッターが覆った。
窓をモニターに『ご迷惑をおかけします。今少しのご不便をご容赦くださいませ』の大きな文字が繰り返し流れていった。
「ゲットオンに長居することになりそうだな」
「今日中に帰ることができればいいのですが……」
そんな不安にずいと割り込んできたのは、重秀だ。タブレットの検索結果を見せてくれた。
「外出警報が出てる見たいです!」
悠太郎は違和感を感じた。シートから尻を突き上げられたような感覚だ。気のせいではなく、地震でもなかった。巨大なハンマーが打たれているようにも思えた振動だった。
窓枠に飾られている人工植物が、繰り返し、葉を揺らしていた。




