第二話『微睡む竜の半眼』-1-
資料保管庫のハンドルを回せば、いくつもの資料が並ぶ棚が左右に動いてくれた。隙間が開かれ、現れた通路の両の棚に並んでいるのは古い時代、それも海底から引き上げられた粘土板だ。焼成され硬くつるりとした『記憶』には、バビロンなどで使われていた楔型文字に似たものが刻まれている。
しかし、それは楔型文字ではない。
悠太郎は目当ての粘土板にタブレットをかざし、数枚、パシャリと撮影してデータ化した写真を取り込んだ。
「撮れたー?」
湿度と気温を細かく管理するコンピューター制御の空調設備が静かな音を立てている静謐に、どこか粗野を感じさせる声が響いた。
「ちゃんと撮れましたよー」
「うーい」
声の正体は、一応、悠太郎の後輩ということになる女性だ。一年後輩の大学生『だった』光莉だ。水平なぱっつん前髪に、肩よりも短いショートヘアーは、髪を大切にしている印象を感じられず乱雑とはギリギリ言えない程度の手入れが入っていた。そんな彼女の雀斑顔が、凶暴な、大きな犬歯を覗かせている。
「教授に自慢ができるかな」
女の言うそれは、研究でも論文でもない。例え形にしても門前払いされるだろう。だが趣味なのだ、と彼女は言うものだ。
「自動解析に進展でもあったんですか、光莉」
「もちのろん!新しいパターンを学習させたから、確度を試してみたいんだ」
「楽しそうですね」
「羨ましいかー?」
にしり、と犬歯を笑みに覗かせながら光莉は言った。
「せっかく、センパイと同学に成れたとワクワクしていたのに残念すぎるんだよ。いるからいいけどー」
「いちゃ駄目なんですけどね」
「中退してても、大学関連施設を使っちゃ駄目なんて校則はないだろ」
「入室に学生証のIDが必要でしょうに。光莉にくっついてるから、大学の施設を使えているだけです」
「教授と懇意でアルバイト助手やってる癖に」
「教授のお姉さんが小学校時代の担任で、頭が上がらないんです。随分と面倒を見てもらっていますし」
悠太郎は、光莉の他に誰もいない資料保管庫の通路を歩きながら、画像を送った。先程撮影した粘土板の写真だ。割れていて、欠けていて、完全とは言えないが文字が刻まれたそれは、『そうあろうとした物語の力学』を感じられた。
「送りましたよ、光莉」
「届いた!センパイ、届いたー!」
光莉の声は大きい。資料保管庫の端から端まで届いている。花のようなお上品なお嬢様なわけではないのだ。知っている悠太郎は気にしなかった。
悠太郎は、資料保管庫の面積と比較すればあまりにも数少ない机についた。光莉の隣だ。机の上では既に、光莉がやることを終えていたらしい。机……テーブルタッチのパネルに起こされた立体モニターが上がっていた。
学生の光莉は忙しそうだ。論文……ではないのだが似たようなものを書いているのだから、資料集めやらで当たり前といえばそうなのだが……対して悠太郎は、時間を余らせていた。時間があるが、暇というわけではない。ただ一般的には、暇人の馬鹿だと言われているのを知っていた。
「……」
光莉はよく喋るが、集中していると話題が千切れがちで独り言なのか区別が難しくなる。悠太郎はそれに適当な相槌と返事だ。
話題は、膨らませないくだらないものだ。
海底遺跡にある熱水噴出孔の生体合成と古代細菌類の無酸素地層の有無だとか。古代遺跡だとか。咒だとか。そういうオカルトなものがあれば、新型宇宙船が地上から打ち上げないとか、惑星の穴を掘って地球外ジオフロントの推移とか。
悠太郎は聞き手だ。
「三つめの軍団旗を見つけたいんだ」
光莉が立体モニターを透過して、悠太郎を見ていた。その目は半分閉じて睨んでいるようであり、興味の薄い悠太郎を責めているようでもあった。
「探せばいいじゃないですか」
「センパイてなんで敬語なの?」
「話題が変わっていますよ」
三つめの軍団旗。
それはまだ、国家の名前さえわからない古代文明、その王家が常備していた軍団の三番めというそのままの意味だ。旗印は、魚に黄金手。アレイポラスⅧ世の三男エクランドスが率いた軍団だが、逸話が多い……と、されていた。
だが、実体のある都市伝説というのが世間の認識だ。あるいは現代の愉快犯が創作した、壮大な悪戯とも。何故ならーー
「太平洋と大西洋『だけならばまだしも』、月球を飛び出して存在しているのは超古代文明ですね」
ーー出土品には月球外からのものがあるからだ。そしてコロニー建設で発見された断片が明らかになった瞬間、未知の古代文明の話題は冗談か詐欺として、話題の火を消した。ありえない、と。
「夢があるね!」
「そういう問題ですか……変人だと思われますよ。専攻も違うでしょうに」
「ふふん、トロイアを発掘した人間もそう思われていたよ」
光莉はニヒルを気取ったのだろう表情で、
「それに趣味なんだからいいだろー」
「まあ、趣味にとやかくのヤボはしませんけど」
宇宙に人間が広がっている。そんな時代だ。だからというわけではないが、地球の底から見つかったものに夢を抱く人間もいて良いのではないか。
悠太郎はそんな風に考えていた。




