第五話『銘柄釘を打ち込んで』-5-
足音……近かった。警報中に外にいる何かは、『カミ様が街を渡っている』のだと聞いたことがあった。例えの話で、巨大な生体発電所の散歩なのだとか。どこから来たのか、何から呼んだのか、少なくとも悠太郎の知る範囲には答えがない。
「窓、開けてみる?」と光莉が小さく笑う。
何を馬鹿なことを、と悠太郎は思った。外出警報が出ているときは、『絶対に外を見てはいけない』のだ。例え何がいるのだとしても、あるいは『いないのだとしても』だ。悠太郎には、それを見てしまったとき何を感じさせられてしまうのかわからないからこそ、怖くて仕方がない思いだった。だが、同時に何故自分がそんなにも恐れているのかわからない、不思議と考える一面もあった。何を、いや、知ってしまうことを何故こんなにも恐れているのだろうか?話題を変えようと、悠太郎は光莉が必ず食いつく話題をかけた。
「どうして咒もこだわるのですか?」
「俺は第三の軍団旗を探しているわけだけど」
「知っていますよ、そんなことは。逆に隠していたほうが意外です」
「隠してはいないよ、そりゃ。でもどうして探していると思ってる?」
「趣味じゃないんですか?そう言っていましたし」
「そう、趣味だよ。趣味以外にはない。不思議を知りたい。知りたいと思ったから余暇を埋めるために趣味しているんだ。だけど、ファンタジーだけに不思議があるわけではない。違うかな?悠太郎、外には何がいると思う」
わからない。そう答えることは簡単だった。だが……それは答えではないのだ。悠太郎は少しの間、沈黙を作って口を開いた。
「未知、ですか」
「悠太郎くん、悠太郎くん、それは『わからない』て言っているのと何も変わらないって気がついているかい?」
くすり、光莉は「素直じゃないなー」と笑った。その表情は彼女がいつも浮かべる顔でもあった。からかいではない。シャンプーの香りがほのかに流れ、話は先に進んでいく。
「例えば、なんだけどさーー」
なんだろうか?悠太郎は耳を向けた。光莉はベッドの上で足を組みながら、
「この世界が作りものだったらどうする?」
「ある意味では文明は全て作りものだと思いますけど」
「そうじゃなくって、世界や人間が、もっと上位の世界の意思で漫画みたいに描かれた、みたいな意味でだよ」
「絶対にありえないとは言えません。ある種の宗教家は、人間誕生を神が作りたもうたという説を今でも推していますし」
「うーん……じゃ、もっとわかりやすく。他人を本当の意味で自由にできる存在がいるとしたら、被創作物のキャラクターはどう振る舞うべきなのかな」
「知るよしがなければ、変わらないでいいですね」
「知ったら?」
「知っても変わりません。あっ、僕なら、社会を左右する政治家とそう大差ないと考えます」
「神にも等しいのに、変わってる」
「そうでしょうか」
なるほど、と悠太郎は察した。光莉はこの世界を二次創作のような位置付けに置いたのだ。では一次創作の世界とは何だろうか。聞くべきか、悠太郎は迷った。もしかしたら、その答えはずっと出ているのだ。
「アレイポラス王の腕ですが」
「どうかした、悠太郎」
「何か『この世界と違うもの』はありましたか?」
「いーや、『何も変わらない普通の骨だった』よ」
悠太郎は不思議な気持ちだ。アレイポラス王の骨というものに引っ掛かりがあった。古い記憶、血の記憶、眠っている何かが刺激されている。あるいは単なる第六感だ。何かがあってほしいと思っている心があったのかもしれなかった。何かとはなんだ、悠太郎は自分自身に問いかける。最近、増えてきた癖だが、悠太郎はよくわからないのだ。自分自身を外から見ているような他人事の感覚は、達観しているのではない、本当に、他人の気がしてならない時があった。悠太郎はそれがたまらなく不安であり、だからこそ彼のアイデンティティの為にも、光莉と一緒に第Ⅲの軍団旗を探すというロールプレイを心掛けた。だが、それもやはり徹底はできない。悠太郎が、悠太郎であるからだ。
「俺は、どうして悠太郎が付き合ってくれているか知っているよ」
「何を言ってるの、光莉さん」
ニヒルな笑いかただ、と悠太郎は思った。冷静さが半分だが、内心ドキリと心臓がひときわ大きく跳ねたような感覚が彼の胸を締め上げた。気持ちが悪い。だが逃げることはできないと、気持ち悪さを飲み込む。
「光莉を放っては置けないからですよ。覚えていますか?庭でやんちゃばっかりしていたでしょうに。『母上たち』も気が気でなく、私もそうでしたよ」
「まあいいけど。ーーところで、転生とかは信じている人間?」
「宗教的な輪廻転生なら、知識としてはーー」
「ーーそうじゃなくて、もっと即物的なのだよ。魂や精神はそのままに千年の時間を超えて生まれかわることはあるのかとか、そういうの」
話が随分と飛んでいく。だが悠太郎は、光莉が過去から第Ⅲの軍団旗を見つけてくることを期待していることくらいはわかった。それが、悠太郎にできると思っているということもだ。




