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第五話『銘柄釘を打ち込んで』-1-

 カツ、カツ、カツ。小刻みに小気味よい音が石を打つ。ノミを槌で叩いている先端は、円錐の形をした石だ。少々不細工だが、これは釘として打ち込まれる。多くの名前が、そこには刻まれていた。


 この銘柄釘は、新しい神殿に組み込まれる。


 千年、万年、時や星を超えて残るものだろうか?アレイポラス王は、最後の一打ちの中でそのように考えていた。柱に打ち込まれた銘柄釘は全ての名前を神殿へと隠し、ただその平らな頭だけを覗かせる。神殿が崩れるその日、神が去ったその日までその存在を隠し続けるだろう。忘れられたときに現れるだろう。アレイポラス王と神殿は、お世辞にも良好な関係とは言えない。むしろ『敵対している』と言えた。王と神で、かつて信仰が分離したからだ。信仰とは統一されていることが望ましい。頭がいくつもあってはほしくないと思うことは普通だ。


 だが現実問題として、二つの頭が存在している。余計な頭は間引かれるべきだ。……というのが神殿過激派である見解であることが、アレイポラス王も掴んでいる。彼としてはどうでもいいことだ。彼のもつ王権は年々縮小する傾向にある。そうしてきた。イフィニアスは上手くやっていることに、知識の拡散があるのだ。王家はただ、象徴であればいい。尊敬される存在であれば、権力がなくとも王家の威信は保たれると、アレイポラス王は考えているのだ。


 建設現場を後にして歩く、アレイポラス王の足運びはとても迷っていた。踏み外さないように、掬われないように、慎重がゆえに重く、それは深い足跡となってしまう。全ての王権は時期に停止する。権力を捨てることに抵抗がないわけでは、ない。代々が守ってきたものを当代が捨てる負い目もあった。だが、アレイポラス王は足を踏み出し、固い決意が背中を押した。


 共和国の首都は、共和国の脳そのものと言っていい。あらゆる行政機能は最終的に、首都で決断されるのだ。共和国最高意思決定の場である民衆議会も、ここ、首都にある。王家の庭は首都であるが首都ではない。だが幸い、首都の新しい神殿は庭の中だったがゆえに、アレイポラス王は視察に、ささやかな散歩に行けた。


 一人ではない、護衛がいる。だがそれは身辺を守る身内、イフィニアスの第Ⅰ軍団ではなかった。管轄の問題だが、アレイポラス王の護衛は民衆議会指揮下の市民の盾兵団だ。王と民衆議会は、絶対王政と立憲政治でかつては争ったこともあるが、かつての話だ。


 アレイポラス王は民衆議会議員でもあるし、王党派筆頭議員なのだ。


「……愛想のない連中だ」


 アレイポラス王の身辺警護を担っている、市民の盾兵団に彼は愚痴をこぼす。兵団もまた不満もあるだろうが、口には出さなかった。そしてそれは、まず無いことだろう。護衛は、王家直属の第Ⅰ軍団ではない。アレイポラス王は一切の個人的武力を保有してはいけないという条文が、民衆議会との間で結ばれているからだ。王とは、孤独である。王子から王になったとき、その武力は両手以上を持っては違法になるのだ。だが民衆議員が王だから疎遠なのかと言うとそうではなく、王の血筋である以上に、王の思想を問題視しているという程度には王家の威光は低く落ちている。力のない王とはその程度だ。では軍団とは何かと言えば、王子のもつ兵力である。王は口出しを禁じられている。


「……」


 アレイポラス王は、先祖の知らないだろう都、正確には一部だけだが、見つめながら歩く。


 首都ククルスニア。


 三重の絶対防壁はどんな攻城塔も寄せ付けなかった。ククルスニアは同族、蛮族の侵略から守護してきた巨大な城壁に囲まれている城塞都市だ。首都機能の拡張で城壁間に街が生まれ、新しい城壁が建つ。成長する城壁都市だ。


 アレイポラス王は最新の城壁を撫でながら、これに沿って歩いている。王が関わっていない。王は王家の庭に帰ってきていた。これは人民の壁だ。この城壁は内に向いていて、王家の庭を囲っていた。城門が閉じられることはいまだないが、慣習的に『内側に向かった武器』が据えている。


「散歩ついでに弁当を食うぞ。ここがいい!俺は腰掛けて食うが、お前らのはないからな。ちゃんと手弁当を持ってこいと言っていたからな!」


 第Ⅲ軍団は、どうなるのだろうか。


 アレイポラス王は弁当の焼きパンをかじりながら考えた。パンにはオイル漬けの魚が挟まれていた。オイルが不味くパンに染み込んで……不味い。たぶんオーラニアが作ったもので間違いない、とアレイポラス王は確信した。


 エクランドスの第Ⅲ軍団はまだ正式化されていない。だが、サリサス人の問題を解決すれば、正式に第Ⅲ軍団として制定されるだろう。三家の三本めだ。


 第Ⅱ軍団は越境攻撃を仕掛けてきた王国軍と交戦していた。第Ⅰ軍団は第二首都の警備への派遣が決定している。第Ⅲ軍団はサリサス人問題へ。三個軍団全てが出払うことはとても珍しい。だがそれ以上に、アレイポラス王には気がかりがあった。


 数少ない王権による裁定の一時停止である。


 今までは、地方紛争などの裁判には王族が関わっていた。全ての血筋として都合がよいのが王家だからだ。血の繋がりは馬鹿にできない。だが司法国家への移行への暫定であるとして、民衆議会はより強力な体制へと、これを機会に移行しようとした。そしてそれは成ったのだ。


 王権は今、完全な停止状態にある。


 奇妙だな、とアレイポラス王は勘していた。念のため、第Ⅰ軍団とイフィニアスにも警告の文を飛ばしたが、無事かはさだかではない。むしろ、アレは軍団と一緒にいるから行動をするなら真っ先に処理されているのではないかという暗い予測をアレイポラス王は弾いた。ならば王の命も風前の灯火か。王家の危機は初めてではない。ただ今回は、逃げることができなかった。


(ノグ=ボー。古い友に、完璧に実行されたわけか。少々老いてしまったわけか、それもあれよりも)


 死ぬときは身一つ。なるほどまさか、こうなるとはな。アレイポラス王は自嘲した。城壁の天井を見上げれば、変わらない空がアレイポラスを見下ろしている。空は切り取られていた。

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