第四話『文字の力学的作用』-5-
エクランドスが奔走している。サリサス人の土地を『平定』する為に知恵を絞っている。彼女たちは殺しあう子育て戦争とは、とどのつまり土地不足に他ならないのだ。ならばその土地、子供を育む広い土地と食料などの環境を与えれば、サリサス人という膨大な人口と共存可能なのだ。王家の庭では飢餓に備えた大規模な食料生産と、それまで呪いに使われていた咒をあらためて、多層な地下居住空間を建設している。横に無理なら立体的に土地を広げてやりやがりますぜ、とイフィニアスが言ったかはともかく、その根性は尊敬しているし、純粋に兄として嫌いではないし、なによりも現実的に守れる力が有り余っているなら救いに手を出して何が悪い。
ーーというのが、エクランドスの考えだ。
筆マメな男は嫌われるな。エクランドスはそんな笑いを内心で浮かべながら、粘土板に文字を刻んだ。雪を掘り返して、泥を固めたこれはまた香りが違った。サリサスの土地の匂いがした。サリサスの土地から、首都ククルスニアへ。この匂いで香りは、共和国の様々な場所へ運ばれていくだろう。馴染みのない香りでも、すぐに共和国は馴染んでくれる。新しい家族としてだ。エクランドスはそう信じていた。
数多くの伝書を連日送り出している。軍団兵の早馬が走ることがあれば、伝書竜が飛ぶこともある。エクランドスがケツァル族の家に逗留しながら、あちらこちらに書いては送ってきた文字数は膨大だ。文字が人間を動かす。それは言葉であり、行動もまた言葉であるというのがエクランドスの持論だ。正しいかは疑えない。やるならば楽天的に、これは正しいのだと信じる、『ということにしていた』のだ。
(……ペルタンダス兄から返信が届かないか。いや、求めることが間違いなのだ。兄は、私よりも遥かに忙しい身の上なのだから)
エクランドスは、一抹の不満を抱いてしまった自分を恥じた。イフィニアスが筆マメであることでなまじ、必ず返信はあるものと考えてしまっていたのだ。だが今はどうだ。ある日を境に、返信はなかった。妙な胸騒ぎがあった。前の返信では、ククルスニアで不穏な動きが表面化している。絶対に戻るな、とイフィニアスから伝書されていた。ペルタンダスが王国の越境部隊を追い返す為に出陣したのを知ったのは、イフィニアスの警告の直後のことだ。王家の庭近くから軍団が無くなった。第Ⅰ軍団もあるが、それは絶対に今動かせないとも。アレイポラス王、アレイポラスⅧ世に身辺警護が市民の盾兵団が出ている。神殿の肉人形たちだ。しばし逗留せよ。イフィニアスから、暇を出されているエクランドスであった。
エクランドスの真面目な思考に、子供たちの声が割り込んできた。サリサス人の翼をもった元気な子たちだ。
「あっ、王子さまだ!」
「王子さまー!」
「どうした子供たち!はっはっー、変わらず軽いな!ちゃんと食べているのか!?王家の庭にくれば、腹いっぱい食べられるぞ!」
「本当ー?」
「じゃ、わたくし王子さまの一族に入る!」
「たっくさん食べたいねー!」
ケツァル族の子供を高く抱えるエクランドスは、子供らの『熱』を肌で感じた。熱く、軽いのに重い、命が乗っている感覚だ。だが次の瞬間、ピッラムの鉤の拳が降り注いだ。短い悲鳴が順番に鳴り、空気に敏感なものはそそくさと逃げ散った。「ピッー!」と鳴きながら一目散だ。
「まったく……」
ふんす、とピッラムは鼻を大きく鳴らしながら腰に翼手をあてた。彼女としては、子供が勝手に出て行くようなことはとても受け入れられないのだろう。それはそうだ、とエクランドスは思った。子育て戦争をやるほどが、サリサス人なのだ。
「ケツァル族がまるごと、王家の庭の移り住むことを考えてもいいのではないか、ピッラム」
「王子エクランドスーー」
ピッラムの目が細く、睨みながら、
「ーー大切な客でなければ、その身は引き裂かれていたところだぞ。その話を族長に通すことも罪と同じなのだ」
「土地を捨てろと言っているのではない。子育て戦争で流れる血を減らすために、食料と土地を用意すると言っているだけだ。幸い、我々と貴女らの食べ物はとても似ている」
「飢えが減るのは良いことだ。だが、立場がある。理解してくれ、王子エクランドス」
子育てという一点が目的ならば、別に土地にこだわる必要はないはずだ。エクランドスは違和感があった。『この土地でなければならない理由かあるいは、理解がおよばないからこその拒絶でしかない』のか、彼には判断がつかなかった。
「お試しで、いくつかの家族だけ移住というのはどうだ。幸い、子供たちの中には乗り気なものもいる」
「砂食いのアランク族みたいな、姑息だな」
「砂食い……?」
「遥か砂の海からこの土地に飛んでくる、羽根の生えた部族だよ。砂を浴びて、砂の中の虫をほじくり返して食べるんだ。ありえない」
「私の知らないことばかりだ、ピッラム」
「そうかな?どれも普通のことだと思うけど」
ピッラムは意外だと言わんばかりの顔だった。あるいは驚きの顔だ。
「伝書を連日書いているのに、部族のことに詳しくないんだな。武器や銃については詳しいのに、おかしな話だ」
エクランドスは不機嫌に、機嫌を損ねた顔を隠さなかった。だが悪い気持ちだけで不機嫌になったわけではない。せいぜい、ヘソを曲げた、その程度だ。彼にとってはそれの表明が繋がりだと思った。隠すべきものをみずから無くしていく。不要な仮面を外して話そう、これもまたエクランドスの考えだ。




