第四話『文字の力学的作用』-3-
サリサス人の土地で小競り合いは日常だ。数十の武装したサリサス人が襲ってくれば、迎え撃つのもサリサス人だ。血で血を洗っている。
子育て戦争中なのだからそうなのではあるが、それを止めるための集会の提案は、柔らかく拒否されていた。関与するなと言われただけで、お尻に毒矢を当てられていないとは穏やかを通り越して慈悲である。
「サリサス人にも王家への尊重があれほどものとは、少々驚きです」
「私は罵られたと思ったが違うのか、テレパチオン」
「王子、もし彼女らが罵るつもりなら殺してから死体を辱めるのです。彼女らの態度は異常なほど親切ですよ」
「アレイポラスⅧ世、そして代々の王の賜物か」
「王党派は民族融和を貫いていますからね」
「王とは万人の前に立ての曲解らしいのだがな。初代は自分の民族以外は考えもしなかっただろう」
エクランドスの提示は、食料と土地の提供だ。サリサス人を、新しい共和国の一員に組み込むためというのもあった。だがサリサス人はそんなものは必要なかったし、必要としていないのだ。だからこそ彼は悩む。
ここでもし、ピッラムが、かのケツァル族に相談を持ちかけていればエクランドスの悩みは確実の全て解決していたと断煙できるだろう。ピッラムは腹を抱えて大笑いし、宙を五度は舞って母なるサリサスを転げ回るほどにおかしい、と。何故ならばケツァル族は長老会を説得して、部族長の調整会の根回しをしていたからだ。有翼の民の禁じられた、最後のときに使うべき咒の文字を今使って彼女は、サリサス人の未来に初めて目を開いていたのだから。
「むぅ」
サリサス人の土地を使う流通が止まった。それ自体は、子育て戦争なのだから珍しいことではない。だが、と緊急の手紙がペルタンダスより届いた。それを開封したものは、王家の早鳩に水をやりながら眉をしかめている。
「サリサス地区の通信網が寸断、か」
防衛の要とも言える、監視塔の情報伝達が機能不全を起こしていることをペルタンダスが報告にあげた。彼の第Ⅱ軍団は、広く浅く独立したコネがある。急場の穴埋めをしてくれているが、やはり……。
「来るか。西方の雄である王国軍」
アレイポラス王も考えているはずだ。地図の上の駒を動かしながら、頭の中では近隣国が目を光らせている、混乱の隙に脳漿を絞って考えているだろう。だが彼が考えたところで民衆議会が動かなければ軍は招集できないのだ。
衝突の歴史が長い王国に不穏な動きがあることは、情報に敏感な人間であれば誰でも知っている事実だ。だが民衆議会の動きは遅かった。遅すぎた。万が一の空振りを恐れて、その場合の経済の補填や損失を恐れるあまり動員令を発するかどうかで無駄な時間を使ってしまっている。
起こらない戦争に感謝をするものなどどこにもいないのだ。戦争があって、初めてその備えは感謝される。では、無駄な支出で経済に打撃を与えた場合、市民の支持で議員になっている者はどうなるだろうか。失望されるのだ。市民に、自分達の税を無駄に使い貧乏にしたと叱られるのだ。
民衆の人気を得る為に、そして民衆の為に議員がいる。だが時にそれが大きな過ち、そうはいかずとも決断を躊躇させることがあった。
共和国の悩みの種であり、王国がよく知っている『つけ込む隙』だ。
サリサス人の対処に、新設も終わっていない第Ⅲ軍団を派遣したのは、第Ⅰも第Ⅱも『動かせない』からだ。
「ぶっ殺すぞ、こら」
「てめぇこそ、そのクソの詰まったハラワタ引きずり出して、クソ溜めに沈めるぞ、ボケ」
サリサス人の言葉つかいが特別に悪いわけではない。ときには、「月の花のように美しい貴女を愛でたい」というくらいには直球で迂遠な表現を使うのだ。ただ子育て戦争真っ最中では気が立っている、のだと思うと知らないものは考える。
ケツァル族もその他沢山の部族も、本質的には有翼という腕をもったサリサス人には変わりない。投げ矢を持ち、空を飛び、重装歩兵に「あの忌々しい羽根!地に落として引き裂いてやる」と怨嗟の対象も、やはり人間なのだと王子エクランドスは考えている。
彼の母は、白い乳牛レウルシルなのだ。家族に羽根の生えた人間など、普通のことなのである。
だがそれでも、家族には、迎えるための機会が必要なのも事実なのだ。家族を欲しても、子がそれを望まなければ決して叶わず、片思いでは通用しない。
ピッラムのいるケツァル族だけではない。エクランドスは家族を求めているだろう。『サリサス人』という家族をだ。
家族……。
(何を考えているんだ、私は)
馬鹿か、賢いか、エクランドスは考えきれなかった。深い悩みだ。少なくとも彼にとっては。とても深く、心に牙を食い込ませて、種は芽吹く。蔓は締め上げた。だが……家族……そうか、そういうことか。エクランドスは、ふと、自分の中にある感情の濃淡へ名前を付けられた気がした。随分と時間をかけたが、なるほど、自分は家族を求めているのだ。そしてそれは狭き血を超えた関係なのだ。ありえないという考えが牙と爪となって心をえぐる中で、だがエクランドスは何よお穏やかさをえた気がした。




