第三話『神の不在』-2-
掲げるのは第Ⅲ軍団の軍団旗、魚と黄金手!
だが奇妙なものだ。いまだ『正式には第Ⅲ軍団は編成されていない』というのに、そこにあり、そこを歩き、そこより先を目指していた。
「イフィニアス兄さまにも困ったものだ。突然、辺境領の騒動を見てこいだなどと……王は、庭から出られないから仕方がないとはいえ、繰り上げ編成で議会は大丈夫なのか。未承認で禍根を残さなければいいのだが」
「表向きは、というよりはまだ、エクランドス様の第Ⅲ軍団は、第Ⅰ軍団第Ⅲ分遣隊ですから書類上は問題ないかと存じます」
「詐欺だな」
「はい、詐欺に近いかもしれません」
草海の中をゆく馬列を見渡しながら、エクランドスは小さく溜め息した。百人ばかしの兵士に七十頭の馬だ。馬車はない。二人で一頭の八脚馬か、荷物を山ほど載せた八脚馬かだ。
エクランドスは荷物持ちが多いからだろうと考えている。騎兵はおらず、弓と長槍の歩兵を馬に乗せているだけだ。騎馬の衝撃能力は無い。ついでに荷物を満載しているから行軍も遅い。幸いなことは、各地の集積地から消耗品の補給を受けられるので、旅といっても気楽なことだ。
そんなことよりも、
「エクランドス王子。首実験は終わりましたか?」
「もう充分だ。残念だけどこの首は、賞金首の連中ではないようだ」
「では犬の餌にでもしておきますかー」
悲壮な表情で時間が止まった生首が五十ばかし、犬たちに向けて投げられた。ゴロゴロと転がる、血も滴る新鮮な肉を前にしても、訓練を受けた犬はヨダレも舌も出さない。
「よし!」の合図で、犬たちは一斉に生首にかじりついた。目玉がえぐれ、頰を千切られ、ガリガリと骨から肉が削げ、ついでに転がされながら遊びを兼ねて腹も満たしている。
安全といっても、野盗ーー貴族のお雇いの可能性もあるがーーの襲撃はよくあることだ。襲撃した人間は運がなかった。第Ⅲ軍団ーー正式には第Ⅰ軍団第Ⅲ分遣隊ーーは、第Ⅰ軍団と第Ⅱ軍団の退役兵からなっている。体力は、屈強な現役精鋭と比べて心もとないが、その年まで生き抜いた心は不動だ。
「テレパチオン、前から思っていたのだが、これは少々残酷すぎないだろうか」
「エクランドス王子。死体は咒で歩きます。咒が無くても歩きます。燃やすか骨の髄まで食わせるかしなければなりません」
「そういうものか。しかし……」
エクランドスは、はうはう言いながら生首を食す犬を見た。日頃からお目付けで賢い彼らが、ちょっと怖くなった。悪い子たちではない。子供たちにも大人気で、いつもお腹を見せて可愛がられているか、精鋭に相応しい姿勢で雨風をそよかぜと同じように何日も耐え抜く。そんな『先達』は、いつも人間を食べているのだろうか、とエクランドスはささやかに恐怖したが、すぐに忘れた。
「辺境種族だろう、蛮族だろう、どれも変わりはないが、目的地は近いようで遠いな」
「サリサス人の土地にはもう入っているはずです」
「そうなのか?テレパチオン」
「はい。太陽の黄道がちょうど霊峰の先端に重なり、影がこちらに向けて槍のように伸びております」
「太陽は時期によって変わるだろう」
「博識ですな。その通りです。あとは風ですね。今の時刻は夕刻、風向きが変わるはずですが、サリサス人の土地では風向きがまた違うのです」
「なるほどな。テレパチオンはこの土地に随分と詳しくて頼もしい」
「恐れながら王子エクランドス。このささやかな第Ⅲ軍団の白い老いぼれは皆、知っていて当然のことでしょう。王子がこの土地について質問をして、万が一答えられないようであれば、どうか遠慮なく鞭打ちを」
エクランドスは、祖父ほど歳の離れた『最古参で歴戦の敗残新兵』を自称する連中をチラリと見た。彼らは今、戦場の死体にたかる烏や蝿を手槍で叩き落としながら、生き残りがいないかトドメを突いたり、盗賊を試し斬りしたり、犬の餌だったりと時間をおもいおもい過ごしていた。
「……盗賊や『新兵』は忘れよう。当初の目的、サリサス人について確認だ」
「では手短かに」
サリサス人への訪問そのものに関しては、大きな問題ではない。だが問題があるかないかなら、それはやはり大問題なのだ。
「子育て戦争が例年にないほど激化しています。少々、子育て入りした部族が多すぎることが原因だと軍団情報局から事前に受けております。これは二日前、伝書竜が届けた情報です」
エクランドスは頭を抱えた。話題を聞くたびに繰り返した。それほどの重大なアレなのだ。
「少しは、穏健になったとか新しい情報はないのか」
「最近、サリサス人に『銃』が導入されて、投げ矢より破壊力があると好まれていると、聞いております」
「悪化している!アイツら、自分の部族以外を根切りにしたいのか」
「子を産むとは、そうであると考えている節がありますので、あながち間違いではないかと」
「渡り鳥にも困ったものだが……誰だ、武器を売りつけているのは」
「小金のある商人は全員がそうでしょう」
銃は武器だ。咒式の強力な兵器だ。円柱の槍を打ち出し、数十の鏃に姿を変えて降り注ぎ、当たれば数十の棘として肉鉄に根を張る。
「我が身の始末は自分でなせ」
旅立ちの前にかけられたイフィニアスの言葉が、エクランドスには重かった。
咒式を銃に取り込んだのはエクランドスだからだ。弓や槍を振るう膂力が、火薬によって補われ、さらに咒と組み合わせれば強くなる……強くありたい、その願いが危険の種を蒔いてしまった。一度でも気がつかせてしまえば、それは発明者の手を離れて、もう二度と手綱を握れないということも、エクランドスは知ってしまった。




