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冒険者ギルド

「そう言えばセレッソはうちに来て初めての休みじゃだったな。何か予定入れたか?」


 ミルクティー騒動から数日後の昼下がり。

 ベナード隊の隊舎にて、その日の分の仕事を終えて帰り支度を整えていたセレッソにベナードが声を掛けた。

 基本的に各町村の騎士隊は年中無休である。

 警備の中心である為に、全員が揃って休みを取るわけにはいかず、常に誰かしらは隊舎にいる事になっている。

 だが流石に休み無しでは体がもたない為、それぞれ交代で休みを取ることになっていた。

 とは言え、ほとんどの騎士が隊舎に住み込みで働いているので、それに慣れるまでは休んだ気にはなれないらしい。

 そんな彼らの休日事情だが、これはもちろん試用期間中であるセレッソにも適用されている。

 今のところは仕事が終わったら帰宅という状態ではあるが、正式採用になった場合は正規の時間や仕事で過ごすことになる。

 その時に休みの調整がスムーズにいくように、今から念の為に振り分けておくのだそうだ。


「ええ、少し……はっ! もしかしてこれはデートのお誘い!?」

「はっはっは。俺は仕事だ」

「また振られましたわー!」


 カラカラと笑って首を振るベナードと窓の向こうに向かって叫ぶセレッソに、シスネはこめかみを押さえてため息を吐いた。

 最初こそ動揺していたシスネだったが、恒例行事のように繰り返されるそれに、もうすっかり慣れたらしい。


「セレッソさん、近所迷惑です。それで、どうされるんですか? どちらか行かれるのでしたら、場所をお教えしますよ」

「シスネさん優しい……!」

「迷って往来で叫ばれると面倒だからです」

「バッサリと切られましたわ……」


 あながち否定できないだけに、セレッソはがくりとテーブルに突っ伏した。

 だがこれも相変わらずで、直ぐに顔を上げて、何事もなかったかのように復活する。

 前向きなだけなのか、それとも単に打たれ強いだけなのか。

 判断が難しいとシスネは思った。

 セレッソは指折り数えながら、


「えっと、コンタールを見て回ろうかと思っていますの。出版社と書店と……あと冒険者ギルド」

「冒険者ギルド?」


 出てきた言葉に訝しむ顔になったシスネと、目を丸くしたベナードに向かって、セレッソはにこりと微笑んだ。



 

 翌日、コンタールの町の空は久しぶりに気持ちの良い青色に染まっていた。

 ここ数日はあまり良い天気ではなく、昨夜に降った雪が積もって、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 セレッソはシスネに書いて貰った地図を片手に、ある建物を見上げていた。

 町の建物と同じ、赤レンガで作られた平屋だ。手前に立っている看板には『冒険者ギルド・コンタール支部』と書かれている。


「出版社の方の手続きも予定より早く終わりましたし、今日は色々と良い事がありそうですわね」


 そう言って、うふふと笑う。

 セレッソは今日の休日に立てていた予定の一つである出版社を訪れた後、ここへ来た。

 隊付き作家になりたいとベナード隊へやって来たセレッソだが、もともと一応は作家であり、幾つか本を執筆している。 

 アルディリアには四社ほど出版社が存在するが、セレッソが故郷にいた頃に原稿を持ち込んでいた出版社の事業所の一つが、ここコンタールにあった。

 隊付き作家となって本を出す際にも出版社との契約が必要となるので、その関係で手続きに行っていたのだ。

 そうして手続きを終えてやって来たのが、二つ目の予定だった冒険者ギルドである。

 セレッソは「よし」と軽く両手を握って気合を入れると、冒険者ギルドのドアを開けて中に入った。


 冒険者ギルドとはとは民間人から仕事の依頼を受けて動く民営組織だ。

 移動の際の護衛や凶暴な獣の討伐、探し物や子供の遊び相手まで、様々な依頼を幅広く受けている。

 また、未開の地や、危険とされて近づけない場所の調査も国の認可の元に行っており、民営組織とは言え各地方に支店が存在する。

 そしてそこに在籍する者を冒険者と呼ぶ。

 ベテランの冒険者の中にはかなり腕の立つ者もおり、アルディリアで定期的に開かれる武術大会では何度か冒険者が優勝する事もあった。


「ここが冒険者ギルド……」


 中を見回してセレッソは呟く。

 冒険者ギルドの中は外から見たよりは広く、受付のあるカウンターと、依頼が張り出されている掲示板、その他情報交換等で使われるテーブルやイス等が置かれている。

 冒険者達の姿もちらほらと見えた。

 セレッソが中をきょろきょろ見回していると、彼女と同じくらいの年ごろの黒髪の少年がひょいと近づいてきた。

 ジャケットとズボン、腰には短剣の入った鞘を下げている。


「こんにちは! 冒険者ギルドは初めて?」

「こんにちは。ええ、初めてですわ。中はこうなっているんですのね」

「そう! ちょっとごちゃごちゃしてるけど、冒険者って感じがしていいっしょ? あっオレ、ヒラソールっての! よろしくね! えーと、依頼者さん?」


 ヒラソールと名乗った少年が人懐っこく笑っていると、彼の後ろにある受付から苦笑交じりの声が飛んできた。


「オイコラ、ヒラソール。お前さんも冒険者ギルドに入って数日だろーが」


 見ると橙色のレンズの眼鏡を掛けた男性がカウンターに肘を立ててセレッソ達を見ていた。

 歳は四十代くらいだろうか。無精ひげを生やした黒髪の男だ。


「えー、グルージャさん、細かい事言わないで下さいよー」

「支部長と呼べと言っているだろう」


 グルージャと呼ばれた男がヒラソールにびしりと指を突きつける。

 どうやら彼がこの冒険者ギルドの支部長を務めているようだ。

 セレッソはグルージャの所へ近づいた。


「こんにちは」

「おう、こんにちはお嬢さん。何の用かな」

「ええ、先日からコンタールの騎士隊でお世話になっておりますので、ちょっとご挨拶にと思いまして。試用期間中の隊付き作家のセレッソと申します。どうぞよろしくお願い致しますわ」


 そう言ってにこりと笑いながらセレッソは軽く頭を下げた。

 騎士隊と聞いて、グルージャが少し目を張り、ヒラソールが慌てて周囲を見回す。

 ギルド内の冒険者達は『騎士』の言葉に若干訝しんだ顔をしたが、すぐに自分達の話に戻った。

 ヒラソールはほっと胸をなでおろしながら、声を潜めて言う。


「セレッソ、だっけ? ここではあんまり騎士の話はしない方がいいよ」

「そうですの? 別にやましい事は何もありませんわよ?」

「そういう問題じゃなくて……冒険者と騎士は仲があまり良くないっていうか、何と言うか……」


 どう説明したものかとヒラソールは腕を組んで頭を捻る。

 カウンター越しのグルージャが、少しだけ目を細めて、ヒラソールの言葉を補足した。


「お嬢ちゃんは冒険者と騎士の関係についで、どこまで知っている?」

「ヒラソールさんが仰ったように、仲が良くないと言うのは聞いたことがありますわね」


 セレッソは頷きながら自分が知っている騎士と冒険者の関係について述べた。

 アルディリアでは一般常識となっているくらい、この国の騎士と冒険者の仲は良くない。

 騎士と冒険者は本来ならば、それぞれに役割や仕事が違うのでぶつかる事は少ないのだが、この国では少し事情が違った。

 アルディリアは騎士の育成に力を入れている。

 もちろん魔法の素質があるからこそ騎士を目指した者もいるが、騎士になった者の大半は自分の国を守りたいという心からだ。

 騎士隊に掲げられている『騎士よ、民の為に在れ』との文句は彼らの誇りであり、信念である。騎士にとってアルディリアの国民は何に置いても守るべき存在なのだ。

 同じように冒険者もまた、国民の為にあった。

 基本的に冒険者ギルドとは自分達の国で起こるの厄介毎は自分達で解決しようと作られた組織だ。

 実際問題、騎士隊だけでは手が回らない部分もある。国の命令を受けて動く騎士達とは違い、比較的自由に動ける事は彼らの強みだ。

 中には相当腕の立つ者もおり、危険な獣の討伐などを請け負って、人々を守っていた。

 だが、どれ程に腕が立つ相手であっても、騎士としては冒険者も同じ国民であり、守るべき存在だ。

 しかし冒険者からすれば自分達も人々を守る側であり、守られる側ではない。

 そのすれ違いが大きくなった結果が、今の状況だ。

 だが、それだけならまだ良かった。

 そのすれ違いで生まれたギスギスした雰囲気を何とかしようと、ガス抜きの目的で今の王が武術大会を開いたのだ。

 参加資格は特になく、腕試しをしようと騎士や冒険者の多くが参加した。

 王としては切磋琢磨して、少しでも仲が改善してくれればと思ったのだろう。

 しかし、その記念すべき第一回、優勝者は騎士を負かした冒険者だった。

 本来ならば単純に実力の差であり、どちらが勝っても文句はでないはずだった。だが、如何せん両者の仲がギスギスしていた当時、その場で観戦していた若い冒険者が大会の熱に浮かされて「やはり騎士などより俺達の方が頼りになる」と口を滑らせた結果、さらにそれを聞いた若い騎士が詰め寄って喧嘩が始まり、周囲を巻き込んでの大乱闘に発展した。

 仲良くなったら良いなと王が開催した大会が亀裂を表面化する決定打となり、それが今も続いている。


「良く調べてるんだな」

「お世話になる場所ですから」


 意外そうに言うグルージャに、セレッソは事も無げに言ってのけた。


「それならベナード隊が負け犬隊って呼ばれているのも聞いたことがあるだろう?」

「ええ」

「そういや何でそう呼ばれているんだっけ?」


 頷くセレッソとは反対に、ヒラソールが首を傾げた。

 グルージャは小さくため息を吐く。


「勉強が足りねぇぞヒラソール」

「うぐっ」

「――――戦場から逃げ帰った負け犬と、呼ばれているからですわよヒラソールさん」


 淡々とセレッソは言った。

 その言葉に、ヒラソールよりもグルージャの方が先程よりも大きく目を張る。


「あんた……」

「まぁ周りから呼ばれているだけですけれど」

「そうなの?」

「ああ、まぁ、な」


 歯切れ悪く言うグルージャにセレッソはにこりと微笑んだ。

 戦場から帰った負け犬。

 それがアルディリアで流れるベナード隊隊長の噂話だった。


「……あんた、それが分かっていて何でここへ来たんだ?」

「何故ではなく、だからですわよ、支部長さん」


 グルージャの目を真っ直ぐ見てセレッソは言う。

 

「隊付き作家になって、そんな悪評をぶっ飛ばす為に、わたくしはここへ来たのですわ」


 だから何が何でもなってやるのだ。

 セレッソの力強い声に、グルージャとヒラソールは揃って驚いたようにぽかんと口を開けた。

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